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歌垣 うたがき

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

歌垣
うたがき

男女による歌のかけあいを中心とする集団的行事東国ではかがいともいった。もともと国見と結びついた農耕儀礼として始り,予祝的意義をもち,飲食,性的解放などを伴っていた。主として春さき,山上で行われたが,秋の,水辺の例もある。時代や社会などの変化に伴い,遊楽を中心とするもの,求婚,婚約を中心とするものなどに分化した。貴族社会では歌舞だけが独立して芸能化し,奈良時代末期には中国から移入した踏歌に取って代られることになったが,民間では後代にいたるまで存続した。古代の例としては,大和の海柘榴市 (つばいち) ,常陸筑波山の歌が有名で,摂津の歌垣山,肥前杵島山 (きしまやま) の例も風土記にみえる。

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デジタル大辞泉の解説

うた‐がき【歌垣】

古代、求愛のために、男女が春秋2季、山や市(いち)などに集まって歌い合ったり、踊ったりした行事。東国では嬥歌(かがい)という。
奈良時代には、踏歌(とうか)のこと。→踏歌
[補説]人々が垣のように円陣を作って歌ったところから、または、「歌懸き」すなわち歌の掛け合いからきた語という。

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百科事典マイペディアの解説

歌垣【うたがき】

古代の風習で,春秋に多数の男女が飲食を携えて山の高みやなどに集い,歌舞を行ったり,求愛して性を解放したりする行事。東国の方言で【かがい】といった。万葉集や常陸(ひたち)国風土記に見え,常陸の筑波山や大和の海柘榴市(つばいち)で行われたものが名高い。
→関連項目筑波山毛遊び

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世界大百科事典 第2版の解説

うたがき【歌垣】

男女が集会し相互に掛合歌をうたうことによって求愛し,あるいは恋愛遊戯をする習俗で,年中行事あるいは儀礼として行われることが多い。分布は古代日本のほかに,現代では中国南部からインドシナ半島北部の諸民族において濃密であり,フィリピンやインドネシアにも類似の掛合歌が行われている。中国貴州省南東部のミヤオ族の場合では,歌垣はミヤオ語で遊方といい漢語では揺馬郎という。村には遊方を催す場所が,村はずれの山の背に決められており,2月2日の敬橋節のような祭日や農閑期に行われる。

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大辞林 第三版の解説

うたがき【歌垣】

古代の習俗。男女が山や海辺に集まって歌舞飲食し、豊作を予祝し、また祝う行事。多く春と秋に行われた。自由な性的交わりの許される場でもあり、古代における求婚の一方式でもあった。人の性行為が植物にも生命力を与えると信じられていたと思われる。のち、農耕を離れて市でも行われるようになった。かがい。 「果して期りし所にゆきて-の衆ひとなかに立たして/日本書紀 武烈訓注
奈良時代、大勢の男女が歌い舞う宮廷の行事。が宮廷化されたもの。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

歌垣
うたがき

記紀万葉の時代に、山、磯(いそ)、市(いち)などに男女が集まって、豊穣(ほうじょう)を祈り、共感呪術(じゅじゅつ)である性の交わり(植物も繁殖に人間と同行為をするという観念から、生産=生殖の信仰)を行った行事。(かがい)に同じ。飲食歌舞を伴うこともあり、求婚の場でもあった。農耕予祝儀礼として民俗行事のなかに遊楽化され、今日に伝承されている。『古事記』清寧(せいねい)天皇条に伝える海柘榴市(つばきいち)の歌垣は、美人(おとめ)の大魚(『日本書紀』では影媛(かげひめ))を争う志毘臣(しびのおみ)と袁祁命(おけのみこと)の歌の掛け合いだが、これは信仰圏の産土神(うぶすながみ)を担う巫女(みこ)を祭祀(さいし)者が争った伝承であろう。祭祀者が農耕管轄者でもある祭政一致時代の権力争いである。記紀の伝承に多い男女の邂逅(かいこう)の説話には、信仰圏を統治する権力と巫女の男女の性格をみるべきであろう。『常陸国風土記(ひたちのくにふどき)』筑波(つくば)郡の条に記す筑波山歌会の一節や、『万葉集』巻9・1759の長歌にみる、男女が手を携え山に登り遊楽する行事は、豊作を念じて行われた性の宴(うたげ)であり、今日の民俗行事に連なる予祝儀礼である。今日の民俗では、山遊び、野遊び、磯遊び、ハナミ、ヤマミ、ママゴトなどの呼称をもって春に行われているものが多いが、露骨な性のそれは上代の伝承ほど表には出ていない。未婚男女の婚姻の契機とする地方もある。今日の花見、潮干狩も山磯遊びである春の歌垣的機会の変質してきたものである。小正月(こしょうがつ)に歳神(としがみ)を迎えて夫婦が全裸でいろりを巡り、相互の性を賞賛する東北地方や北関東の消滅した民俗も、共感呪術をもって豊作を祈る民間儀礼であった。[渡邊昭五]
『渡邊昭五著『歌垣の研究』(1981・三弥井書店)』

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世界大百科事典内の歌垣の言及

【ウメ(梅)】より

…病害は黒星病,炭疽(たんそ)病,菌核病などのほかにも多く,病気にかからぬように注意し,害虫もウメケムシ(オビカレハ)やウメスカシクロハ,ウメエダシャクなどの被害もあるので,防除をして育成することが必要である。【中村 恒雄】
【文化史】

[中国]
 中国において,ウメが早春の花として観賞され,詩歌の題材とされるようになったのは後世のことで,古くはその果実に関心があり,スモモ,アンズ,モモなどとともに野生の実が採取され,また《詩経》国風の〈摽有梅〉の詩に歌われたように,春の歌垣(うたがき)に際し,男女がウメの実を投げて配偶者を求め,また愛情のあかしとして贈答する風習があった。果実は保存食となり,またその酸味が調味料として用いられたので〈塩梅(あんばい)〉の語もある。…

【芸能】より

…大嘗祭に催された琴歌神宴(きんかしんえん)や平安朝中期以来12月の恒例行事となった内侍所御神楽(ないしどころのみかぐら)などがそれである。また《風土記》《万葉集》に見える歌垣・嬥歌(かがい)は,春の耕作始め,秋の収穫祝いの祭事として男女が山に登り,歌を応酬したもので,のちに中国の正月儀礼の踏歌(とうか)と習合して宮廷の芸能となる。 祭りの場の歌舞をいち早く芸能化したのは6,7世紀以来急速に国家体制を固めるようになった大和朝廷で,隼人(はやと),国栖(くず)など諸国の部族が服従のしるしに献(たてまつ)った歌舞が逐次宮廷の儀式に演ずる華麗な風俗舞(風俗(ふぞく))として定着するようになった。…

【照葉樹林文化】より

…また,これらの雑穀類やイネのなかからモチ種を開発し,もち,ちまき,おこわなどのもち性の食品をつくり,それを儀礼食として用いる慣行をこの地帯にひろく流布せしめたことも重要な特色といえる。このほか,若い男女が山や丘に登り,歌をうたい交わして求婚する歌垣の慣行や,生命は山に由来し,死者の魂は死後再び山に帰っていくという山上他界の観念,春の農耕開始に先だって狩猟を行い,獲物の多寡で豊凶を占う儀礼的狩猟の慣行など,山をめぐる各種の習俗にも共通の特色がある。また,〈記紀〉の神話のなかにあるイザナギ・イザナミ型の兄妹神婚神話,あるいはオオゲツヒメなど女神の死体からアワなどの作物が発生する死体化生神話,さらには羽衣伝説や花咲爺の説話など,神話や説話の要素でも,照葉樹林帯に共通するものが多い。…

【花見】より

…桜の開花期に合わせたもので,花見が本来,宗教的な儀礼であったことをうかがわせている。《常陸国風土記》には,秋の紅葉の季節とともに,春の花の季節に,人々が飲食物をたずさえて筑波山に登り,歌垣(うたがき)をしたとある。これも花見の伝統につながる習俗であろう。…

※「歌垣」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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