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杵屋勘五郎(3世) きねやかんごろう[さんせい]

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

杵屋勘五郎(3世)
きねやかんごろう[さんせい]

[生]文化12(1815)/文政6(1823)
[没]1877
長唄三味線方の家元。別家 10代杵屋六左衛門の妻の兄の子。文久1 (1861) 年,5世三郎助から 11代六左衛門となり,慶応4 (68) 年,義弟喜三郎に六左衛門名義を譲り,勘五郎を名のり,根岸に移り住んだ。世に「根岸の勘五郎」と呼ばれる。『紀州道成寺』『四季の山姥』『橋弁慶』『綱館』『望月』『土蜘蛛』などの名曲を世に残すとともに,音曲の研究家として『大薩摩四十八手』『大薩摩杵屋系図』『御座敷番組控』『芝居囃子日記』などの記録を残し,後世の長唄研究のために多大の功績を残した。別号稀音家照海,大薩摩絃太夫

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世界大百科事典内の杵屋勘五郎(3世)の言及

【長唄】より

…しかし,次の若衆歌舞伎(1652年禁止)では四拍子に代わって三味線が主要楽器の地位を占め,俳優と演奏者の別も確立した。3世杵屋(きねや)勘五郎編《杵屋系譜》では,元和年間(1615‐24)に江戸に下った初世杵屋勘五郎杵屋の始祖とし,3代目杵屋勘五郎(杵屋の3代目であり,杵屋勘五郎名義では2世)を〈長哥三絃始祖〉としているが確証はない。次の野郎歌舞伎は元禄期(1688‐1704)を迎えて急速な進歩をとげ,顔見世的な総踊り以外に〈続き狂言〉の幕間にも舞踊が盛んに上演されるようになり,上方に岸野次郎三,山本喜市などの作曲者や三味線演奏者,江戸にも杵屋喜三郎,杵屋六三郎などが現れた。…

【橋弁慶】より

…五条橋における牛若と弁慶の出会いは,江戸期を通じて義太夫節,富本節,一中節,河東節,長唄などに節付けされ,舞踊化もされてきた。現在行われているものは,1868年(明治1),3世杵屋(きねや)勘五郎が能の《橋弁慶》の詞章に長唄の節付けをしたもので,1912年4月東京歌舞伎座初演。演者は2世市川段四郎,12世片岡仁左衛門。…

【望月】より

…長唄を地にしたものが2曲ある。通称《大望月》は1870年(明治3),3世杵屋(きねや)勘五郎が能の《望月》の詞章に曲をつけた。15世市村羽左衛門や7世松本幸四郎が能がかりの演出で踊っている。…

※「杵屋勘五郎(3世)」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

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