(1)能の《曲名。四番目物。現在物。作者不明。佐阿弥作ともいう。シテは武蔵坊弁慶。ある日弁慶は従者(ツレ)から,最近五条橋にふしぎな少年が現れて人を斬るといううわさを聞き,退治に出かける。少年というのは牛若(子方)で,母の言いつけで明日は鞍馬寺に入る手はずなので,今夜がなごりだからと五条橋に出かける。すると物々しい姿の弁慶が大薙刀(おおなぎなた)をかついで現れたので,牛若はいたずらっぽく弁慶にからむ。そこで2人の格闘が始まるが,目まぐるしく動く牛若の早業に,弁慶の剛勇も抗しきれず,薙刀を打ち落とされてしまう(〈中ノリ地〉)。降参した弁慶は少年が源牛若と聞いて主従の約束を結ぶ。この曲は荒法師と少年の斬合いを見せ場とする童話風なものだが,男色趣味もうかがわれる。人形浄瑠璃《鬼一法眼三略巻(きいちほうげんさんりやくのまき)》などの原拠。
執筆者:横道 万里雄(2)歌舞伎舞踊の曲名。五条橋における牛若と弁慶の出会いは,江戸期を通じて義太夫節,富本節,一中節,河東節,長唄などに節付けされ,舞踊化もされてきた。現在行われているものは,1868年(明治1),3世杵屋(きねや)勘五郎が能の《橋弁慶》の詞章に長唄の節付けをしたもので,1912年4月東京歌舞伎座初演。演者は2世市川段四郎,12世片岡仁左衛門。構成や扮装も能に準じた松羽目物。
執筆者:権藤 芳一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
能の曲目。四番目物。五流現行曲。作者不明、佐阿弥(さあみ)説もある。『義経記(ぎけいき)』によったものか。武蔵坊(むさしぼう)弁慶(前シテ)は五条の天神への丑(うし)の刻詣(もう)でをしていたが、満願の夜、従者(ツレ)から五条の橋で小太刀(こだち)で人を斬(き)る化生(けしょう)のような少年のことを聞き、いったんは神詣でを思いとどまろうとするが、いや聞き逃げは無念と、それを討ち取る決意をする(中入り)。牛若(子方)は、母の言いつけで明日は鞍馬寺(くらまでら)にあがろう、今夜が名残(なごり)と、五条の橋で人を待つ。大薙刀(なぎなた)を担いだ弁慶(後シテ)が現れるが、女装した牛若に油断して通り過ぎる。薙刀を蹴(け)上げた牛若と弁慶は激しく戦うが、さすがの弁慶もさんざんに翻弄(ほんろう)され、ついに降伏して主従の縁を結ぶ。観世(かんぜ)流には「笛之巻」の特殊演出があり、前段がまったく変わり、羽田秋長(はねだあきなが)(ワキ)に伴われた牛若が、母の常盤(ときわ)(前シテ)に人を斬ることをいさめられ、源家に伝わる笛の秘事を聞く。御伽(おとぎ)草子にも『橋弁慶』があり、義太夫(ぎだゆう)節に近松門左衛門の『孕常盤(はらみときわ)』ほか、一中(いっちゅう)節、河東(かとう)節にも流れがあり、長唄(ながうた)『橋弁慶』も名高い。
[増田正造]
出典 日外アソシエーツ「歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典」歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典について 情報
…夢幻能(むげんのう)の作劇法では冒頭にワキが登場して,時,所,劇的シチュエーションを設定することから話が始まる例が多く,シテ登場後は,シテの演技の引出し役に徹する。一方,現在能ではシテと互角に対立する役も多く,また《羅生門》などのようにワキが一曲の主役である例もあるが,まれに《小袖曾我》《橋弁慶》などワキの登場しない演目もある。なお,映画,演劇などにおける脇役(バイプレーヤー)とはかならずしも同義語ではない。…
※「橋弁慶」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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