コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

柳多留∥柳樽 やなぎだる

世界大百科事典 第2版の解説

やなぎだる【柳多留∥柳樽】

江戸時代の川柳風狂句集。《誹風柳多留》ともいう。1765年(明和2),呉陵軒(ごりようけん)可有の編で初篇を刊行,世に受けて続刊。91年(寛政3)までに初代川柳の撰句の前句を省いて24編を刊行。以後,2世川柳評で70編まで,4世川柳が110編まで,5世が167編(1840年(天保11))まで出して終刊。あと《新編柳多留》と改称し,1850年(嘉永3)までに40編を出した。〈当世の前句は誹諧の足代ともならんや〉(二篇)ともあるように,単なる雑俳前句付(まえくづけ)でなく,俳諧的風韻を重んじた作をねらっており,10編あたりまで実行されているが,しだいに観念遊戯的な傾向を強めた。

出典 株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について 情報

世界大百科事典内の柳多留∥柳樽の言及

【柄井川柳】より

…江戸中期の前句付専門点者。名は正通。幼名勇之助。通称八右衛門。緑亭,無名庵と号す。浅草新堀端に住む。38歳で竜宝寺門前町などの名主を継ぎ,1757年に前句付点者となり,山手を中心地盤に,1~7月を休み,毎年8月から年末まで月並み興行。都会的俳諧的な句を採って人気を得,明和(1764‐72)中には江戸の第一人者となったが,安永(1772‐81)以後は狂歌に押され下降気味であった。なお,この定例会のほか,休会中も,角力会や組連主催の五の日興行の〈五五(ごご)の会〉の撰もしたが,彼の名を高めたのは高点付句集《柳多留》であった。…

【川柳】より

前句付(まえくづけ)から独立した雑俳様式の一つ。川柳風狂句。17音を基本とする単独詠だが,発句(ほつく)のように季語や切字(きれじ)を要求せず,人事人情を対象にして端的におもしろくとらえる軽妙洒脱な味を本領とする。江戸の柄井川柳が《柳多留(やなぎだる)》(初編1765)で前句付の前句を省く編集法をとったため,しだいに付け味よりも付句一句の作柄が問題とされ,やがて5・7・5単独一句で作られるようになり,初代川柳の没後,〈下女〉〈居候〉などの題詠として前句付様式から離脱独立した。…

※「柳多留∥柳樽」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

今日のキーワード

だまし面接

企業が面談や懇談会と称して就職活動中の学生を呼び出し、実質的には学生を選考する偽装面接のこと。2016年卒業の大学生に対する選考活動の開始時期を、従来の4月1日から8月1日以降へと後ろ倒しする主旨の「...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android