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栗橋関 くりはしのせき

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

栗橋関
くりはしのせき

近世,武蔵国利根川河畔 (埼玉県北葛飾郡) にあった関所栗橋元和7 (1621) 年利根川流路の変更により,奥州街道宿駅渡船場となり,寛永1 (1624) 年に関所をおいたが,栗橋関といわず,対岸の中田関とあわせて,「房川 (ぼうせん) の渡し」と称した。

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百科事典マイペディアの解説

栗橋関【くりはしのせき】

日光道中栗橋宿(現埼玉県久喜市)に置かれた関所中田(なかだ)宿(現茨城県古河市)と結ばれた利根川の房川(ぼうせん)の渡の地先に設けられ,中田関とも称された。近世初期は伊奈(いな)忠次支配下にあったが,1610年幕府老中の管轄下となった。

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世界大百科事典 第2版の解説

くりはしのせき【栗橋関】

江戸時代,日光道中栗橋宿の利根川渡し場(房川渡(ぼうせんのわたし))に設けられた関所。通称中田御関所と呼ばれた。もとは奥州道中筋元栗橋に設けられ関東代官頭伊奈忠次の支配に置かれたが,1610年(慶長15)幕府老中の所管となる。その後栗橋の移転にともない関所も新栗橋に移され,31年(寛永8)関東郡代伊奈半十郎忠治の支配に移された。1792年(寛政4)から1869年(明治2)の関所の廃止まで幕府の直轄で,関所には20俵二人扶持を給された4人の番士が,一部に交代があったがいずれも世襲で勤めた。

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