中国、宋(そう)代の裁判物語。桂万栄(けいばんえい)が先行する和凝(かぎょう)・和(かもう)父子の『疑獄集』をもとに、鄭克(ていこく)の『折獄亀鑑(せつごくきかん)』を交え、古今の優れた犯罪捜査、判決の事例を集め、刑獄をつかさどる者の参考にしようとしたもの。類似する事件を並べて一対とし(比事)、『蒙求(もうぎゅう)』に倣って四字の韻語をもって題とした。全144条。棠陰とは、周の召伯(しょうはく)が南国に巡行し、甘棠(かんとう)の木陰で臨時に裁判を執り行ったことにちなむ命名である。1211年の刊行。明(みん)代に入ってはもっぱら呉訥(ごとつ)による刪節(さんせつ)本が行われたが、日本には朝鮮版によって桂氏の原著がもたらされ、江戸初期、林羅山(はやしらざん)が訓点を施した和刻本や『棠陰比事物語』といった翻訳を通し、江戸裁判物に大きな影響を与えた。京都所司代の板倉勝重(いたくらかつしげ)・重宗(しげむね)父子による裁判の形式をとる『板倉政要』、これを襲った井原西鶴(さいかく)の『本朝桜陰比事』、さらには『本朝藤陰比事』、曲亭馬琴(ばきん)の『青砥藤綱模稜案(あおとふじつなもりょうあん)』、『大岡政談』などがその代表的なものとしてあげられる。
[大塚秀高]
『駒田信二訳『棠陰比事』(『中国古典文学大系39』所収・1969・平凡社)』
中国,南宋(1127-1279)の桂万栄(けいばんえい)が著した裁判実例集。古今の名裁判官による144の判例から成る。のち明代に呉訥(ごとつ)による加除が行われ,その後はこの再編本の方が流行した。元来は実際の裁判の参考のための書であるが,中には探偵小説のような話もあり,後世ではむしろその方面の興味から読まれることが多かった。
執筆者:村松 暎 日本では江戸初期に訳された。同じ題名で,寛永年間(1624-44)に5巻本で刊行,最初の裁判小説として好評を博し,多大の影響を与えた。井原西鶴の《本朝桜陰比事》をはじめ,月尋堂の《鎌倉比事》,作者不明の《日本桃陰比事》と続き,曲亭馬琴の《青砥藤綱模稜案》,講談本の《大岡政談》を生むきっかけとなった。日本の探偵小説の祖ともいうべきものである。
執筆者:野田 寿雄
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…また,2人の裁判話として世に伝えられているものを含む。宋の桂万栄著《棠陰(とういん)比事》を模した書名で,同書や,板倉父子の裁判例を載せた《板倉政要》を素材に用いている。【宗政 五十緒】。…
※「棠陰比事」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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