橘瑞超(読み)タチバナズイチョウ

デジタル大辞泉 「橘瑞超」の意味・読み・例文・類語

たちばな‐ずいちょう〔‐ズイテウ〕【橘瑞超】

[1890~1968]探検家愛知の生まれ。浄土真宗本願寺派僧侶大谷光瑞こうずい探検隊の第2次・第3次中央アジア探検に参加し、敦煌とんこうなどの遺跡発掘ウイグル文字の解読にも成功した。著作に「中亜探検」など。

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改訂新版 世界大百科事典 「橘瑞超」の意味・わかりやすい解説

橘瑞超 (たちばなずいちょう)
生没年:1890-1968(明治23-昭和43)

浄土真宗本願寺派の僧侶。中央アジア探検で知られる。名古屋に生まれ,幼名は曜弘。1908年,大谷探検隊の第2次中央アジア探検に野村栄三郎とともに派遣された。ウランバートルトゥルファン(吐魯番)を経てカラホージョ近辺の遺跡を訪ねたあと,単独で楼蘭ろうらん)遺跡を探検。さらにカラコルム峠からカシミールに入った。そしてロンドンに渡り,A.スタインに会う。10年,ストックホルムでS.ヘディン知遇を得てのち,タルバガタイを経由して,トゥルファンの調査に従った。翌11年,タクラマカン砂漠をタリム河川に沿って横断,カシュガルに到達。さらにホータン(和田)を経てチベット高原に入った。このころ橘の消息はとだえ行方不明が伝えられたが,第3次大谷探検隊として派遣された吉川小一郎敦煌(とんこう)で邂逅(かいこう)した(1912)。帰国に際して多くの仏典,古写経,古文書を将来した。著書には《中亜探検》(1912)があり,当時の敦煌をはじめとした西域の状況を知るうえで,吉川小一郎の《支那紀行》とともに貴重である。
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20世紀日本人名事典 「橘瑞超」の解説

橘 瑞超
タチバナ ズイチョウ

明治〜昭和期の探検家,僧侶(浄土真宗本願寺派)



生年
明治23(1890)年1月7日

没年
昭和43(1968)年11月4日

出生地
愛知県名古屋市

別名
幼名=曜弘

学歴〔年〕
愛知一中中退

主な受賞名〔年〕
紫綬褒章〔昭和38年〕,勲三等瑞宝章〔昭和41年〕

経歴
西本願寺第22代法主・大谷光瑞の下で修行。興長寺住職。一方、明治41年から約4年間、大谷探検隊の隊員として西域探検に参加し、中国大陸の奥地、崑崙山脈、タクラマカン沙漠を縦断し、仏教東漸の道を探り、楼蘭、敦煌を調査した。またウイグル文字で記された仏典多数と、前涼の西域長吏李柏の手紙草稿といわれる「李柏文書」を得た。帰国後ウイグル文字を研究し、解読に成功した。著書に「新疆探検記」「中亜探検」「新西域記」(共著)がある。

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百科事典マイペディア 「橘瑞超」の意味・わかりやすい解説

橘瑞超【たちばなずいちょう】

真宗の僧,探検家。1908年の第2次大谷探検隊に参加し,トゥルファン(吐魯番)などを経て単独で楼蘭(ローラン)を探検。その後ロンドンでA.スタイン,ストックホルムでヘディンに会ったのち,再び中央アジアを探検。一時行方不明となったが,1912年第3次大谷探検隊と敦煌(とんこう)で邂逅した。ウイグル文字で記された仏典多数と,前涼の西域長吏李柏の手紙の草稿とされる永元18年(328年)5月7日の日付のある《李柏文書》を得て将来した。著書《新西域記》等。
→関連項目大谷光瑞

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「橘瑞超」の解説

橘瑞超 たちばな-ずいちょう

1890-1968 明治-昭和時代の僧,探検家。
明治23年1月7日生まれ。浄土真宗本願寺派22世大谷光瑞の弟子。明治41年から約4年間大谷探検隊の第2次・第3次西域探検に参加し,楼蘭(ろうらん)・敦煌(とんこう)遺跡を調査。帰国後ウイグル文字を研究し,その解読に成功した。愛知県興善寺住職。昭和43年11月4日死去。78歳。愛知県出身。幼名は曜弘。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「橘瑞超」の意味・わかりやすい解説

橘瑞超
たちばなずいちょう

[生]1890.1.7.
[没]1968.11.4.
明治の末から大正にかけて活躍したアジア探検家。大谷光瑞の第2次,第3次中央アジア探検隊(→大谷探検隊)の一員。中央アジア,インド各地で仏跡を探り,東西文化の交流に関する資料や仏典などを数多く収集した。

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367日誕生日大事典 「橘瑞超」の解説

橘 瑞超 (たちばな ずいちょう)

生年月日:1890年1月7日
明治時代-昭和時代の僧;探検家
1968年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の橘瑞超の言及

【大谷探検隊】より

…西本願寺の法主大谷光瑞が主宰した日本唯一の中央アジア探検隊。第1次は1902‐04年,大谷光瑞,本多恵隆,井上弘円,渡辺哲信,堀賢雄,第2次は08‐09年,野村栄三郎,橘瑞超,第3次は10‐14年,橘瑞超,吉川小一郎によって行われ,仏教東漸の遺跡として,ホータン,クチャ,敦煌など中央アジア各地を調査した。その収集品は旅順,ソウル,東京の各博物館に,敦煌写経をはじめ古文書類は竜谷大学図書館に分蔵されている。…

※「橘瑞超」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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