( 1 )古来、厚手で白くやわらかく、虫害にあわないのが特色で、産地によって讚岐檀紙・備中檀紙と呼ぶ。
( 2 )平安時代は、おもに懐紙として懐に入れ、漢詩、和歌、消息などを書くのに用いられた。
現代では一般に用いられないが、大正時代のころまではもっとも品位が高いとされていた儀礼用の和紙。『正倉院文書』にもこの紙名がみられるように、すでに奈良時代に存在し、平安から鎌倉時代にかけては上流社会で広く愛用され、当時の文学作品にもしばしば出てくる。しかしそれまでの檀紙は真弓の紙(まゆみのかみ)ともよばれ、またときには陸奥紙(みちのくがみ)と同じものをさしていたことが知られており、何を原料とした紙であるかについては研究者の間に異説が多い。おそらくコウゾ(楮)を主原料に、ときにはマユミ(真弓)も混用されたと考えられているが、確証はない。
中世以降、檀紙の生産ではまず讃岐(さぬき)国(香川県)が名高く、やがて備中(びっちゅう)国(岡山県)産のものが現れて江戸時代末期まで宮中や幕府に上納したが、のちには越前(えちぜん)国(福井県)が広く一般の需要に応じた。中世以降の檀紙は明らかにコウゾを原料としており、厚手でしかも繭のような光沢をもつ点が奉書(ほうしょ)と相違する。1777年(安永6)刊の木村青竹(せいちく)編『新撰紙鑑(しんせんかみかがみ)』は、前記の産地のほかに阿波(あわ)国(徳島県)、丹後(たんご)国(京都府)などもあげており、さらに大鷹(おおたか)、中鷹、小鷹などの種類と、それぞれの寸法も示している。しかし、1877年(明治10)刊の尾崎富五郎編『諸国紙名録』では、その分類は大高、中高、小高となっている。寸法は時代や産地によって多少の相違があり、ほかに染色された五色檀紙もあるが、いずれの場合も中世以降の檀紙には表面に縮緬(ちりめん)様のしわがあるのが特徴である。このしわは、まず紙床(しと)に重ねた湿紙を数枚ずつ重ねて板に張り、水を打ってから手加減によって引きはがすことによりつくられる。宮城県白石(しろいし)市と福井県越前市に、この伝統的な技法が守り続けられている。
[町田誠之]
『前川新一著『檀紙の研究――歴史・種類・製法』(1978・紙の博物館)』▽『上島有編『室町時代の武家文書』(1987・吉川弘文館)』
和紙の一種。和紙の創始期から現在に至るまで存在している,最も長い歴史をもつ紙名である。奈良時代の《正倉院文書》に檀紙の名称が出てくるが,それが平安時代に盛んにすかれた楮紙(こうぞがみ)の檀紙と同じ材質のものか,あるいはニシキギ科のマユミ(檀)を原料としたものかは不明である。平安時代には手紙はもとより,漢詩や和歌などを記す懐紙などにも用いられた高級な紙であった。男子は檀紙と記していたが,《源氏物語》などの女流文学にみられるように,女子は陸奥紙(みちのくがみ)とよんでいた。このため檀紙の産地を陸奥とみなす説がゆきわたっているが,一説には,これは修辞学的な表現にすぎず,実際は広く各地から産出したものという。その後,中世・近世と盛んにすきつづけられ,産地も広がった。とくに江戸時代に宮中や将軍家へ檀紙を納めていた備中(岡山県高梁市)の柳井家は名高い。元禄時代ころから,檀紙に皺(しぼ)を入れたものが現れ,しだいに檀紙には皺が入っているものという常識が一般化するようになった。柔軟さが微妙に違う湿紙(すき上げてから圧搾して,水分を取った紙)を数枚重ねてめくると,張力の違いから皺が生じるものである。このほか篦(へら)で押すなどして,各種の装飾的な皺文様をつくる。皺入り檀紙は現在,福井県越前市の旧今立町と愛媛県西条市の旧東予市で生産され,儀式や包装に用いられている。
執筆者:柳橋 真
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
出典 旺文社日本史事典 三訂版旺文社日本史事典 三訂版について 情報
宇宙事業会社スペースワンが開発した小型ロケット。固体燃料の3段式で、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が開発を進めるイプシロンSよりもさらに小さい。スペースワンは契約から打ち上げまでの期間で世界最短を...
12/17 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
11/21 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
10/29 小学館の図鑑NEO[新版]動物を追加
10/22 デジタル大辞泉を更新
10/22 デジタル大辞泉プラスを更新