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女流文学 じょりゅうぶんがく

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

女流文学
じょりゅうぶんがく

女性の手に成る文学。女性に特有の豊かな情操や繊細な感受性を生かした主観的,抒情的な作品が多く,客観性や構成力を必要とする文学,たとえば劇作では,すぐれた作品に乏しい。しかし特に小説の領域で多くの偉大な女流作家が出ていることが注目される。

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デジタル大辞泉の解説

じょりゅう‐ぶんがく〔ヂヨリウ‐〕【女流文学】

女性作家の書いた文学。閨秀(けいしゅう)文学。

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世界大百科事典 第2版の解説

じょりゅうぶんがく【女流文学】

女性の手に成る文学。女流文学という文学上のジャンルがあるわけではないが,抒情的表現にすぐれた才能が示されることが多い一方,強い構成力を要する劇作ではすぐれた女性作家は近年までまれであったといえよう。17~19世紀のフランスにおけるサロン文学や,欧米の家庭小説などは女流文学の成果が結実した例であるが,日本の平安時代のように女流文学が隆盛をきわめた例は類をみない。近代になって女性の社会的地位が向上するに伴い,女性の文学活動も活発になり,今日では多くの国々ですぐれた女流作家が輩出している。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

女流文学
じょりゅうぶんがく

女性によって書かれた文学をことさら女流文学とよぶのは性差別だという意見もあるが、まさにその差別の歴史を振り返るためにも、女流文学史は未開拓の課題として提出されている。事実、日本は別としても、世界のどの国でも女性の社会的地位の低さが障害となって、古代・中世には女流文学は存在しない。[平岡篤頼]

欧米

フランスでは16世紀にソネット詩人ルイーズ・ラベと物語作者マルグリット・ド・ナバールが現れるが、17世紀に絢爛(けんらん)たる宮廷文化が花開くとともに、『クレーブの奥方』(1678)のラファイエット夫人や『書簡集』のセビニェ夫人のような大作家が登場し、スキュデリ嬢の『大シリュス』10巻(1649~53)がサロンの評判となる。
 これを契機に、ヨーロッパ各国で文筆をたしなむ女性が貴族社会を中心に陸続と現れるが、職業的女流作家の地位が確立されるのは、ブルジョア市民社会の成立する19世紀になってからである。しかも、この世紀の主導的な写実主義的思潮が、女性の資質に適合したため、イギリスでは『自負と偏見』(1813)のジェーン・オースティン、『嵐(あらし)が丘』(1847)や『ジェーン・エア』(1847)のブロンテ姉妹、『サイラス・マーナー』(1861)のジョージ・エリオット、アメリカでは悲恋の詩人エミリー・ディキンソン、フランスではジョルジュ・サンド、スウェーデンではラーゲルレーブといった不世出の作家を生み出した。20世紀に入ると、フランスのコレット、ボーボアール、サガン、イギリスのマードック、スパーク、ドイツのゼーガースと、注目すべき女流作家は枚挙にいとまなく、現代に至ってますます女流の活躍が際だってきている。ただ、女性特有の繊細な感情、微妙な心理の表出や生活環境の生き生きとした観察にみるべきものがあっても、社会的視野の狭さ、方法的追求の甘さのため、傑出した男性作家をしのぐに至ってはいない。その点、文学に本来的に内在する女性的原理を体現して、小説に新しい展望を開いたフランスのサロートやイギリスのV・ウルフらは例外といってよく、とくに『ロル・V・シュタインの歓喜』のデュラスは、女性の性意識と愛の境界に潜む狂気を追って、男性の作家たちの影響から脱皮した、本格的女流文学の確立を目ざし、大きな影響を残している。[平岡篤頼]

日本

日本における女流文学の本格的な開花は、紫式部、清少納言(せいしょうなごん)、藤原道綱母(みちつなのはは)、菅原孝標女(すがわらのたかすえのむすめ)、和泉式部(いずみしきぶ)らが、物語や日記文学を書いた平安中期とされる。これらの作品群は、仮名の発明、普及によって成立したが、『万葉集』以来、多くの女流歌人を輩出させた和歌の伝統に負うところもきわめて大きい。またこれら女流のほとんどが、結婚や出仕によって、文芸の提供・享受が自在であり、取材の場にもなる上流階級に属していたことにも拠(よ)る。このような文化的環境が一般社会のなかに定着し、女性が自由に才能を伸ばす機会が与えられるようになるのは、遠く下って明治の近代市民社会の到来まで待たなければならなかった。
 すなわち1887年(明治20)ごろ、開化政策による旧習打破の気運上昇に乗じ、まず近代的な女性像を求める中島湘烟(しょうえん)、木村曙(あけぼの)、三宅花圃(みやけかほ)らが現れた。ついで92年には樋口一葉(ひぐちいちよう)が登場、浪漫(ろうまん)的詩魂をもって時代の苦悩を深く表現し、1900年代の『明星(みょうじょう)』派の与謝野晶子(よさのあきこ)とともに近代女流文学の先駆をなした。明治末から大正にかけては野上弥生子(やえこ)、宮本百合子(ゆりこ)が知性派作家として出発し、大正・昭和の激動期に対峙(たいじ)して自己の信条を貫いた文学的業績は、その生涯とともに注目を浴びた。彼女らにやや遅れて林芙美子(ふみこ)、円地文子(えんちふみこ)、宇野千代、中里恒子(つねこ)、岡本かの子らが出て、固有の感情、人生認識による作品世界を展開、プロレタリア文学系では平林たい子、佐多稲子らが力強い仕事を残している。1945年(昭和20)第二次世界大戦の終結により、ようやく女性の社会進出の基盤がつくられ、女性も自由にものを書くことのできる時代を迎える。まず、前記の作家たちの再出発が始まる一方、曽野綾子(そのあやこ)、有吉佐和子(ありよしさわこ)らの新世代が台頭、また芥川(あくたがわ)賞、直木賞などの受賞者も輩出して、女流文学は活況を呈し始めた。その後の機械文明の急速な発達や、高度の情報化社会の反映による人間性喪失や解体が危惧(きぐ)された80年代には、新しい意識・手法による人間造型を試みる女流群が生まれた。河野多恵子(こうのたえこ)、倉橋由美子、大庭(おおば)みな子、高橋たか子、三枝(さえぐさ)和子、津島佑子(ゆうこ)、山田詠美(えいみ)らがその代表であり、続いて、高樹(たかぎ)のぶ子、中沢けい、干刈(ひかり)あがた、村田喜代子、木崎さと子、増田みず子、稲葉真弓、小川洋子、笙野頼子(しょうのよりこ)、長野まゆみ、よしもとばなな(吉本ばなな)、江國香織(えくにかおり)、鷺沢萠(さぎさわめぐむ)、高村薫(かおる)、乃南(のなみ)アサ、篠田節子、宮部みゆき、桐野夏生(なつお)らが、独自な世界を開顕しながら現代女流作家の可能性を提示している。[岡 宣子・橋詰静子]

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