コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

明銭 みんせん

6件 の用語解説(明銭の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

明銭
みんせん

中国明朝の鋳造した銅銭。洪武通宝永楽通宝宣徳通宝,嘉靖通宝など。明銭は,応永8 (1401) 年に開かれた日明貿易 (→勘合貿易 ) の主要輸入品として,また倭寇などによってももたらされ,日本の主要な通貨として流通。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉の解説

みん‐せん【明銭】

中国、代に鋳造された銭貨。室町時代、日本に大量に輸入され流通したが、江戸初期に幕府の寛永通宝発行により使用が禁止された。洪武銭永楽銭・宣徳銭などがある。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

明銭【みんせん】

中国,明朝が鋳造した銅銭。洪武通宝,永楽通宝,宣徳通宝など。15世紀初め以後日明貿易により大量に日本に移入され,室町時代には広く国内で通用。その模造銭や私鋳銭も造られ,銭貨流通は混乱した。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

世界大百科事典 第2版の解説

みんせん【明銭】

中国の明朝鋳造の銅銭。明の太祖は即位前1361年(元の至正21)大中通宝を,即位後68年(洪武1)洪武通宝を鋳造した。以後歴代その年号を付した銅銭(制銭という)を鋳造,16世紀初期の武宗の正徳まで9号の鋳銭があったというが,実際は洪武,永楽(1408(成祖永楽6)鋳造),宣徳(1433(宣宗宣徳8)),弘治(1503(孝宗弘治16))の4通宝がみられるのみである。その後に嘉靖(1527(世宗嘉靖6)),隆慶(1570(穆宗隆慶4)),万暦(1576(神宗万暦4))の各通宝,さらに1621年(熹宗天啓1)短命の先代光宗の年号を付した泰昌通宝を補鋳,また天啓通宝を鋳造,毅宗は28年(崇禎1)崇禎通宝を,44年明朝滅亡後も南明の歴代は弘光,隆武,永暦の各通宝を鋳造した。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

大辞林 第三版の解説

みんせん【明銭】

中国の明王朝が鋳造した銭貨の総称。室町時代、日明貿易を通じて大量に輸入されたが、必ずしも円滑に流通せず、しばしば撰り銭ぜにの対象となった。江戸幕府の寛永通宝鋳造により、使用を禁止。永楽通宝・宣徳通宝など。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

明銭
みんせん

中国の明代(1368~1644)に鋳造された銭貨。太祖洪武帝(こうぶてい)は即位前、元(げん)の1361年(至正21)に大中通宝を鋳、即位後68年(洪武1)に洪武通宝を鋳造発行させた。こののち3代世祖永楽帝(えいらくてい)のとき永楽通宝、5代宣宗のとき宣徳(せんとく)通宝、9代孝宗のとき弘治(こうち)通宝を発行。15世紀後半11代世宗は嘉靖(かせい)通宝を鋳、またさかのぼって太祖から10代武宗までの年号をつけた9種の銭(洪武、永楽、洪煕(こうき)、宣徳、正統(せいとう)、天順(てんじゅん)、成化(せいか)、弘治、正徳(せいとく)の諸通宝)を鋳造した。したがって現存する洪煕、正統、天順、成化、正徳通宝は、いずれも1553年(嘉靖32)の鋳造である。嘉靖通宝には、初めて真鍮銭(しんちゅうせん)もつくられている。こののち明では、おおむね代々その年号を付した銭貨を鋳造している。
 日本では、皇朝十二銭ののち鎌倉・室町時代には銭貨の官鋳をしなかった。しかし14世紀以降産業の発達に伴い貨幣需要が増大したため、室町時代には、中国の宋(そう)・元銭のほか、洪武・永楽・宣徳通宝など明銭が輸入され流通したが、明銭は時人の好むところとならず、しばしば受領を拒否された(撰銭(えりぜに))。このため商取引、年貢銭収納などに円滑を欠くこと多く、室町幕府や大名、大寺院は撰銭の禁止令を出して、諸銭貨を同価値に、選除せず授受させようとしたが効果は少なかった。戦国時代、関東の北条氏が永楽通宝を基準貨幣としたため、同銭は関東に集まったという伝説がある。1636年(寛永13)江戸幕府は寛永(かんえい)通宝発行による流通貨幣統一政策を実施し、明銭の使用を禁止した。[百瀬今朝雄]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内の明銭の言及

【銭】より

…日本最初の官銭としての銭貨は708年(和銅1)鋳造の和同開珎(わどうかいちん)で,以後,万年通宝,神功開宝,隆平永宝,富寿神宝,承和昌宝,長年大宝,饒益神宝,貞観永宝,寛平大宝,延喜通宝,乾元大宝のいわゆる皇朝十二銭が鋳造・発行された。中世に入ると各種の中国渡来銭が日本に流入して渡唐銭と呼ばれ,鎌倉時代には宋・元の銭貨が,室町時代には明銭が主として用いられた。明銭の洪武通宝,永楽通宝,宣徳通宝などは中国銭のなかでも最も代表的なものである。…

【室町時代】より

…実に日本は当時世界屈指の武器輸出国であった。なおこの時代将軍足利義満が国内を統一しながら自国通貨によらず明銭を通貨としたのは,中国銭が北アフリカから東南アジア,東アジアと,回教・仏教圏に広く国際通貨として流通していたためである。一大消費都市である京都,奈良,堺を抱える畿内経済の円滑化をはかるために,近江坂本,京都下京には〈米場〉と呼ばれる米穀取引市場が成立し,なお魚介類については山城淀に魚市が,近江粟津と京都六角町には粟津供御人(あわづくごにん)(粟津橋本供御人)による生鮮魚介,塩,塩合物(しおあいもの)を中心とした日常雑貨の一大卸売市場が形成され,供御人はさながら総合商社の販売人のごとく全国を自由通行して売りさばいた。…

※「明銭」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

明銭の関連キーワード永楽帝開元通宝宋銭永楽通宝洪武古銅古銅器宣徳明朝長門鋳銭司

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone