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江陵 カンヌン

デジタル大辞泉の解説

カンヌン【江陵】

こうりょう(江陵)

こうりょう〔カウリヨウ〕【江陵】

大韓民国北東部、日本海に面する都市。新羅(しらぎ)以降の遺跡が多い。カンヌン
中国湖北省中南部の都市。古くから軍事・交通の要衝として発展した。チアンリン。

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百科事典マイペディアの解説

江陵【こうりょう】

韓国,江原道東部の都市。南大川流域の日本海に臨む小平野の中心で農産物の集散地。干しガキを特産。嶺東地方からソウルに出る交通の要地で,嶺東(ソウル〜江陵,1975年),東海(江陵〜東海,1979年)の両高速道路がある。

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世界大百科事典 第2版の解説

こうりょう【江陵 Kang(r)nǔng】

韓国,江原道の東部,日本海(東海)沿岸の都市。人口11万3775(1995)。東海岸地方では比較的平地に恵まれ,稲作中心の農業が営まれている。古代の部族国家濊(わい)の拠点となった古都。李朝時代の儒学者李栗谷の出身地で,そのゆかりの建物が多い。1975年に嶺東高速道路が開通,北へは雪岳山観光,南へは東海を中心とする工業地帯への関門として人口が急増し,商業,サービス業が盛んとなっている。鏡浦台は韓国有数の海水浴場である。

こうりょう【江陵 Jiāng líng】

中国,湖北省南部の県。武漢の西およそ200kmの長江(揚子江)の北岸にあり,北は河南,陝西へ,西は四川に通ずる交通の要地を占める。春秋時代,楚の文王が定めた国都の郢(えい)はその北郊にあり,春秋戦国を通して臨淄(りんし),邯鄲,大梁や咸陽などと並ぶ大都市として繁栄を誇った。秦・漢には江陵県がおかれて南郡の治所となり,唐・宋は江陵府,明・清は荆州府であった。その間,南朝梁の元帝は一時ここに都をおき,また五代のときには十国の一つ荆南の高氏もここを都とした。

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大辞林 第三版の解説

こうりょう【江陵】

中国、湖北省中南部、長江北岸の都市。春秋時代、楚の都郢えいが北郊に営まれた。荊州けいしゆうどんすの産地。チアンリン。旧称、荊州。

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世界大百科事典内の江陵の言及

【五代十国】より

…五代十国の諸国,とりわけつねに複数政権が併存した江南の十国では,政権を維持するために,いずれも領内の農業開発,産業振興,あるいは他国との交易や南漢のように南海貿易に努めた。荆南の江陵には当時最大の茶の集積市場があって諸国の商人が遠方からも集まったし,南唐の海岸一帯は最大規模の産塩地であった。湖南,江西ではこのころ新たに絹生産が始まり,福建,広東の木綿栽培は楚に移入されて木綿製品が生産されるようになった。…

※「江陵」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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