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池坊専好 いけのぼうせんこう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

池坊専好
いけのぼうせんこう

池坊生け花の名手。専好の名を称する花人は3名いるが,なかでも天正~元和期 (1573~1624) に活躍した 13世初代専好 (1541~1621) ,寛永~明暦期 (24~58) 頃に活躍した 14世2代専好 (?~58) が高名。3代専好 (81~1734) は 16世専養 (1655~1711) の跡目を継ぎ,享保期 (16~36) 頃に活躍した。東福寺の月渓聖澄の『百瓶華序』によると,初代専好は慶長4 (1599) 年京都大雲院で弟子 100人と百瓶花会を催し,当時すでに法印に昇叙毛利輝元,前田利家邸で立て花をととのえ,鹿苑院法堂の三具足 (みつぐそく) の花を立てたことが知られるが,事跡を記すものは少い。2代専好の事跡は『資勝 (おしかつ) 卿記』『土御門泰重卿記』『隔めい記』などに散見するが,年代の明確な立華図が多数伝わることとともに,後水尾天皇に親近して池坊立華を隆盛に導いたことが注目される。曼殊院の『立花図帖』,池坊文庫の『立花図巻』などは立華の姿を具体的に伝えている。また東京国立博物館蔵の『立華図』屏風は江戸初期の絵画資料としても貴重。

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デジタル大辞泉の解説

いけのぼう‐せんこう〔いけのバウセンカウ〕【池坊専好】

(初世)[1540ころ~1620ころ]立花の名手。信長秀吉の後援を得て池坊流を発展させた。
(2世)[1575~1658]立花の名人。法橋(ほっきょう)叙任後水尾(ごみずのお)院親任を得て、宮廷で立花を指導した。多数の立花図を残した。

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朝日日本歴史人物事典の解説

池坊専好

没年:万治1(1658)
生年:天正3(1575)
江戸初期の京都頂法寺(通称六角堂)の僧,専応花道の宗匠。初め専朝。没年には万治2(1659)年説がある。寛永14(1637)年に後水尾上皇の内意によって法橋を宣下。専好と先師との関係は,専応―専栄―専好(13代)―専好(専朝,14代)となる。「池坊中興の祖」「天下の名人」と称された。専好の足跡は立花,砂物を元和3(1617)年から万治2年の間に描いた『立花写』(京都・曼殊院蔵),家伝の花論を記した『花伝書』などによって知られる。立花形姿は以前よりも複雑な構成になり,円相の形をとる伝承が守られ,「奇麗清涼」と面白く鑑賞されたという。画期的な寛永6年の紫宸殿における立花の催しは,近衛家煕の『槐記』に詳しい。「主上を始め奉り……出家町人にかぎらず,其ことに秀たる者に皆立花させて,双られたり。秀吉の大茶会ののち一壮観也」と物語風に記されている。この催しが契機となって立花,池坊の存在が世に知られて,各地に門弟がひろがっていった。また,公の席を飾る立花だけでなく,このように多くの人々が楽しみに立てて眺める花が流行した。正保3(1646)年の『秘伝書』には「七つ道具」の呼称を「心,添,請,正心,見越,流枝,前置」と変えたものが示されている。 池坊歴代には専好が3人いる。譜で示すと,専好(13代)―専好(14代)―専存―専養―専好(17代・35世)となる。近年,14代専好の師である先代専好(13代,安土桃山時代)の伝書が明らかになり,14代専好を待たずに,すでに13代によって花論が完成されていたこと,その作風が雄壮,軽妙であったことが判明している。<参考文献>林屋辰三郎・山根有三・岡田幸三『池坊専好立花名作選集』

(岡田幸三)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

世界大百科事典 第2版の解説

いけのぼうせんこう【池坊専好】

京都頂法寺の僧坊,池坊に住む僧侶専好の通称。この池坊に専好の名を名のるものは3人をかぞえ,いずれも花道宗匠として活躍した。初世専好(?‐1621)は,たびたび宮中に祗候して〈立花〉を立てているが,みずから花師と称し池坊専応以来の伝統を継ぎながら,作風はおおらかで,華麗な表現をみせ,入木道(書道)の理論をふまえた新しい技法論《専好華伝書》を著している。2世専好(?‐1659)は,先師専好の花道を継ぎ,理論面よりも実作上で名人と称賛された。

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大辞林 第三版の解説

いけのぼうせんこう【池坊専好】

(初代)(1536~1621) 安土桃山・江戸初期の立花たてはな師。立花の構成理論を儒教に求め、自然界の景色を表現するものとした。
(二代)(1570~1658) 江戸前期の立花師。初代の理論に仏教をも加え、立花の構成理論をより緻密にした。後水尾天皇の宮廷を中心に活躍した。
(三代)(1680~1734) 元禄末期から享保期にかけて活躍した立華りつか師。立華の整理と伝統の維持に努めた。

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世界大百科事典内の池坊専好の言及

【池坊】より

…桃山時代になると,ほかの流派はほとんどみられず,立花を家業とする池坊の位置は定着した。東福寺の月渓聖澄が池坊専好の花展のために書いた《百瓶華序(ひやくへいかのじよ)》(1600)には,池坊を〈累代,華を瓶裡に立てるを以て家業と為す〉とあり,また〈其の元祖,専慶という。専慶より今の池坊法印に至る,累十三葉〉と述べて〈累(かさね)ること十三葉〉と専慶から専好(初世)までの系譜をかぞえ,専好の技量を大いに賞賛している。…

※「池坊専好」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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