改訂新版 世界大百科事典 「法の抵触」の意味・わかりやすい解説
法の抵触 (ほうのていしょく)
conflict of laws
内容を異にする複数の法律が,同時に同一の問題について適用されるようにみえる事態をいう。抵触のあり方は多様であるが,国家法相互の間でこれをみると,一夫一婦制をとる日本の国法と多妻婚を認めるインドネシア・イスラム法との関係などがその例となる。ただし,それぞれの国がそれぞれ異なった制度をとっていることや法律の内容の相違それ自体が問題なのではない。この両国にまたがる関係,たとえばインドネシア人の男と日本人の女とが結婚しようとするときなどにおいて,この双方の法律がともに,このような結婚の成立にあたって必ず適用されねばならないという趣旨である場合に,真の抵触true conflictが生ずる。もし日本法(民法732条)が重婚を禁ずるのは日本人の間で日本で結婚する場合だけだとすると,そうではない上の例のときには,両国法が一見抵触するように思えるが実は虚偽の抵触false conflictにすぎないこととなる。真の抵触であれば,なんらかの妥協・調和を見いだす必要がある。この問題を解決するための法的基準を,抵触法とか衝突規則とかいう。こうした問題発現の状況は,17世紀にオランダのウルリック・フーベルスによって法の抵触conflictus legumと考えられ,あるいはドイツのニコラス・ヘルティウスにより法の衝突collisio legumなどと考えられたが,以後この名称が定着した。こうした抵触法規は国際私法の主要な内容となっている。上の例は地方・地域によって法律が異なることが原因となった〈空間的〉抵触の場合であるが,同種の抵触は連邦国家などにおいて,各州・各地方に独自の立法権が認められているときは,その限度で同一の国内にあっても州法相互の間で生ずることがある。アメリカ,カナダ,メキシコ,スイス,旧ユーゴスラビアなどにその例がある。これは州際法・準国際私法と呼ばれる抵触規定で処理される。またインドなど多くの人種・民族・宗教宗派・社会階層が一国内でそれぞれ独立の集団をなし,それぞれが固有の法律をもっているときは,いずれの集団に属するかによって適用される法律が異なってくる。これは東南アジアや中近東にみられる事態で,〈属人的〉抵触といえるであろう。この種の抵触を解決する法的基準は人際法interpersonal lawと呼ばれ,抵触の原因に応じて宗際法interreligious lawや種際法intergentile lawなどとも称される。
最もわれわれになじみの深いものは,法律の〈時間的〉抵触intertemporal conflict,つまり新法と旧法との関係であろう。新法の不遡及,一定の限度内での遡及,その場合の権利関係の調整,これらの問題の規律は時際法intertemporal lawによってなされる。
→国際私法
執筆者:秌場 準一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報