流し雛(読み)ナガシビナ

デジタル大辞泉 「流し雛」の意味・読み・例文・類語

ながし‐びな【流し×雛】

3月3日節句夕方、川や海に流し去る雛人形。また、その行事風習。罪やけがれを移して形代かたしろを流したことに由来する。雛送り。雛流し。 春》「―冠をぬいで舟にます/誓子

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改訂新版 世界大百科事典 「流し雛」の意味・わかりやすい解説

流し雛 (ながしびな)

3月3日に雛人形を川に流し送る行事。雛祭の人形は,それで身をなでて穢れをはらったあと流し去る人形(ひとがた)(形代(かたしろ))という呪具系統をひくものとされるが,現在の各地に残る流し雛はそのような古い心意を伝える行事と思われる。鳥取県の流し雛の多くは,雛壇に飾った2組の雛のうち1組を神棚に供え,残りを夕方に桟俵(さんだわら)にのせて流すものであり,長野県南佐久郡白岩では〈カナンバレ〉といって,子どもが河原で煮炊きして雛にも供え皆でも食べたあと,古雛を桟俵にのせて流し去る。また川に流すのではないが,静岡県小笠郡小谷田では,神社の近くの〈ヒナヤマ〉へ行って食事をして遊んだあと,不用の古雛に海を見せてからそこに納めるといい,群馬県多野郡には,雛祭後に病人が出ると雛に身代りになってもらおうとして,病気を捨てるために神社や桑畑に送り出す所がある。関東地方には,年の暮に古雛を道の辻や祠などに納め小正月左義長の火で燃やす例が多いが,類似のものといえよう。
雛祭
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「流し雛」の意味・わかりやすい解説

流し雛
ながしびな

三月節供に川や海へ流し送る雛人形。鳥取市周辺では竹骨に貼(は)った小型の一対の紙人形を、三月節供(雛祭)に飾り祭ったうえ、3日の夕方供物の苞(つと)ともども、桟俵にのせて川へ流す。現在は郷土玩具(がんぐ)として流布もするが、なお、罪穢(つみけがれ)を移して流す「祓(はらえ)」の形代(かたしろ)の古意をとどめるもので、岐阜県などにも粗製の土人形を流し送る風習が残っている。また関東・中部の各地には、三月節供に子供たちが野外に雛人形を据えて祭り、名残(なごり)を惜しみつつ「雛送り」をする風習がかなりみられた。さらには古びた雛人形を神社や辻(つじ)に送り納める習俗も広くみられ、流し雛と一脈のつながりを示している。

 江戸時代以来、雛人形が美術工芸品と化して保存愛玩されるようになると、「祓の人形(ひとがた)」としての古意は失われるが、なお一部には古い「流し雛」の風習が残存した。「上巳(じょうし)の祓」と習合した三月節供の原義は、むしろこうした「流し雛」の遺風によくその跡をとどめているといえる。

[竹内利美]


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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「流し雛」の意味・わかりやすい解説

流し雛[用瀬]
ながしびな[もちがせ]

鳥取県鳥取市用瀬で旧暦 3月3日に行なわれる祭り。人間の災厄穢れ雛人形に移して流す雛送りの風習の一つ。家々の祭壇での雛祭(→三月節供)のあと行なわれる。3日の夕刻,竹の骨に赤い色紙をはってつくった流し雛に火をともし,桟俵(さんだわら)と呼ばれる米俵の丸いふたの上に乗せて,モモや菜の花,ツバキなどを添え,菱餅や炒り米,タニシ,クワイなどを積み込んで川に流す。

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世界大百科事典(旧版)内の流し雛の言及

【雛祭】より

…しかししだいに精巧な物がくふうされると,保存されて玩具として扱われるようになり,内裏雛を中心に三人官女や五人囃子などの雛および各種調度類が加えられていった。それでも現在,鳥取県をはじめ各地には流し雛の風習があるし,関東地方などで古い雛は単に捨てるのではなく道の辻や祠などに納めて小正月の火祭のときに燃やしているのなどは,雛人形に対する古い心意を伝えるものであろう。静岡県や愛知県などには子どもたちが好みの雛人形を持って山や磯に出て遊ばせる所がある。…

※「流し雛」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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