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湯女 ゆな

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

湯女
ゆな

風呂屋に雇われた一種の娼婦。室町時代の京都に始り,江戸時代前期の江戸,京都,大坂,地方の温泉場などで一世を風靡した。湯女は客の体を洗い酒間を取持ち,夜とぎもした。湯女のうち大湯女は主として客席を受持ち,小湯女は風呂場で客の体を洗う役を受持った。

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デジタル大辞泉の解説

ゆ‐な【湯女】

湯泉宿で客の接待をした女。
江戸時代、江戸・大坂などの湯屋にいた遊女。

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百科事典マイペディアの解説

湯女【ゆな】

入浴の世話をする接客婦で,鎌倉時代有馬温泉におかれたのが最初とされ,温泉宿から都市に移入されたとみられ,またしだいに私娼化した。江戸初期には江戸市中の風呂屋に置かれ,垢(あか)かき,髪洗いをするほか,夜になると盛装して三味線をひき小歌などを歌って客を集め,売春を行った。
→関連項目岡場所丹前風買売春

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世界大百科事典 第2版の解説

ゆな【湯女】

入浴を世話し,浴後の接待をする接客婦。有馬温泉の湯女は鎌倉時代に始まったというが,湯女の起源は温泉地にあり,それが室町時代の町湯に移入されたという。入浴のときに着衣の整理や茶菓を供するための女性が,やがて私娼(ししよう)化していったのである。湯女のほかにふろ屋女の語もあるが,湯屋とふろ屋との区別があいまいとなったように,厳密な使い分けは確認しにくい。江戸初期にはふろ屋に湯女をおいて湯女ぶろと称し,浴客のあかを指で落としたのであかかき女とも呼んだ。

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大辞林 第三版の解説

ゆな【湯女】

温泉宿にいて客の接待をする女。
江戸時代、市中の湯屋にいた遊女。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

湯女
ゆな

温泉場や風呂(ふろ)屋にいて浴客の世話をした女性のこと。一部は私娼(ししょう)化して売春した。風呂屋者、垢(あか)かき女などの異称がある。有馬(兵庫県)など温泉地では鎌倉時代からこの種の接待女がいたと伝えられる。室町時代には市街地に風呂屋が営業を始めると、そこにも湯女を抱えて客の接待をした。江戸時代の寛永(かんえい)年間(1624~44)には一軒に20~30人もの湯女を抱えた店が江戸に何軒もできるに至った。そこでは、客の身体を洗ったり、浴後に湯茶を接待する本来の業務のほかに、終業後の板の間や二階を宴席とし、美しい衣装に着替えて歌や踊りを見せた。丹前勝山(たんぜんかつやま)、桔梗(ききょう)風呂の吉野、紀伊国(きのくに)風呂の市野など、遊女に劣らぬ名声を得た湯女が少なくない。旗本や侠客(きょうかく)らに丹前風(ふう)という流行風俗をおこさせたほど、時代の好みにあっていたことが評価を高める原因であった。これに対し、幕府は1652年(慶安5)に一軒に湯女3人と規制し、さらに明暦(めいれき)の大火(1657)後に市中の湯女を全廃して吉原へ移住させた。しかし江戸以外では、大坂は一軒2~3人の髪洗女を許可し、各地の温泉場にも私娼的湯女がいた。江戸でも湯屋の二階を女に貸して集会所のように利用する変形が明治中期まで存続した。温泉地の湯女は明治以後、一部が芸妓(げいぎ)や酌婦となった。[原島陽一]

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世界大百科事典内の湯女の言及

【公娼】より

…そのため,飯盛女(めしもりおんな)のような半公認の売春婦を存在させることになった。諸藩で公認されるものの多くは飯盛女形式であったが,温泉場などの湯女(ゆな)のほかにも,茶汲女などの名称で都会地に売春街を公認または半公認することがあった。明治政府は,外圧によって娼妓解放令を発布したが,実質的には公娼制を強化し,量的な拡大をはかった。…

【銭湯】より

…柘榴口の場合も唐破風がつけられたが,なかには垂壁の部分に牡丹(ぼたん)と唐獅子などの極彩色浮彫をつけたものもあった。こうした形式になるのは幕末ころと思われるが,このころには外観も二階建てで,男湯,女湯と分かれた湯屋らしい特徴のある建物となり,二階は男湯の休み場となっていた。柘榴口は,内部が狭くて暗く,不衛生であったため,明治に入ると禁止されるようになり,ほぼ明治30年(1897)ころにはなくなった。…

【風呂】より

…これはただ風呂に入るだけでなく,酒宴を催したり,淋汗(りんかん)茶の湯といって湯殿・湯槽を飾りたてて茶を飲み,酒・料理を楽しむ遊びに風呂が使われているのであり,もともと金のかかる入浴が歓楽と結びついて,ぜいたくの一つとなっていたためである。このような風呂と歓楽の関係は,近世になると風呂屋の湯女(ゆな)による酒茶の接待という形でうけつがれる。江戸の湯女は風紀を乱すということで,再三取締りの対象となり,徐々に姿を消すが,江戸時代後期の江戸の銭湯では男湯の二階で茶菓を売っており,人々の娯楽の場としての風呂は形を変えつつも残っていた。…

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