改訂新版 世界大百科事典 「漁場制度」の意味・わかりやすい解説
漁場制度 (ぎょじょうせいど)
江戸~明治期の漁業はほとんど沿岸漁業であり,天然の水域に生息繁茂している魚介藻類を採取する産業であった。その魚介藻類は漁場に付着して移動しないものもあるが,根付きの魚類にしてもかなりの移動は避けられないし,また広範な水域を移動する回遊魚も少なくない。もともと海流・潮流など水自体の移動もあり,水域は陸地と異なりはっきりした区域設定の困難なものであるが,さらに漁獲対象となる魚類が移動するのであるから,漁場はきわめて流動的なものとなる。したがって村内の漁民がその漁場を土地のように分割して占有利用することは困難で,場合によっては不可能でさえあった。このため村内の漁民は自村の漁場に入り会い,共同で占有利用する形態をとることが多かった。耕地が分割所有されていた農業においても,灌漑用水や採草地利用などを通して相互の協力と規制が強かったが,漁業生産ではその必要がはるかに強かった。
村内漁民間の漁場占有利用関係は漁場の種類によって異なり,特に経済的価値が高く位置固定,排他独占的占有利用の必要性が高い漁場の占有利用関係のなかに,各時代の歴史的特徴が最もよく示されている。江戸時代における主要漁場の占有利用関係をみると,先進ないし一般地域ではほとんどが村中入会,総百姓共有の形態をとっていた。すなわち本百姓層だけが権利者であり,水呑百姓層は無権利状態におかれていた。漁場占有利用権は明確に本百姓層にかぎって領主から与えられていたわけではなく,領主支配のための地域集団でもある村にまかせる形がとられたが,村の主要な構成員は本百姓であり,その本百姓が正租と夫役の義務を果たしていたのであるから,その対価として当然のように主要漁場の占有利用権は本百姓の共有となったものと思われる。
総百姓共有漁場には三つの異なった形態が存在した。(1)は,夫役負担の単位である本百姓一軒前が,そのまま漁場占有利用関係においても一軒前の単位となり,本百姓層の間では漁場占有利用権を平等の権利として分有する形態である。(2)は,漁場占有利用に対する本百姓間の権利関係が,石高所持に比例する持分として株化した形態である。(3)は,総百姓共有漁場の占有利用権が各個別の百姓に帰属する持分として分化せず,村で持っている形態である。ところで江戸時代の経済,漁業生産の発展は漁民層の分化をもたらした。そして本百姓層は漁場占有利用権の持分が大きく土地所有も大きい少数の上層と,漁場占有利用権の持分も土地所有もともに小さい多数の中下層に分かれた。なおここで漁場割替制度について触れておきたい。現実の漁場は場所によってその価値が大きく異なっているから,その平等化を図るために村内の漁場内でさまざまな形態の割替制度が各地で広くみられた。地形によっては丹後伊根3ヵ村のブリ刺網漁場のように,複数の村をまき込んだ割替制度もあった。
江戸時代においても直接生産者が総百姓として広く独立しえなかった後進地域では,主要漁場の占有利用権は一部上層か長百姓などの個人有に限られていたが,この形態も大勢としては総百姓共有の方向に動いていた。総百姓共有の形態は江戸時代を通じて形成され発展してきた漁民間の関係で,明治維新期にも他に変わりようのない安定したものであった。そのため明治政府は1875年2月太政官布告第23号による雑税廃止,同年12月同第195号による海面官有宣言によって,旧藩時代以来の漁場占有利用権をいったん消滅させ,新政府の許可によって新たに発生させるという措置により,上から強い統制を加えはしたが,旧慣尊重をたてまえとしながら適宜の対応をした。そして総百姓共有漁場が未成立であった後進地域では,条件がありさえすれば総百姓共有漁場を成立させ,その面ではむしろ旧慣尊重を守らなかったのが一般である。その後の明治政府の漁場制度は以上のような基礎的方針の上に,主として府県段階における布達や行政措置によって具体的に対応していた。
しかし事実上形成されてきた漁場占有利用関係を国が認め,それを村を中心とした地元関係者にまかせる形態はまもなく維持できなくなった。漁場占有利用関係も明治政府が着々と整備していた近代法体系の中でとらえ直されなければならなくなったことと,1889年の市町村制の施行によってそれまでの村が新しい村の一集落になったし,また旧村の中で漁業とそれ以外の職業の分化も進んだことなどによってである。そして1901年に漁業法が制定されたが,そこではいくつかの漁業権が明確に規定され,それらは物権とみなされ,また旧村に代わって漁業組合が漁業権者となる新しい制度が生まれた。この漁業法体制は第2次大戦後の漁業制度改革により新漁業法が制定されるまで続いた。
→漁業制度 →漁業法
執筆者:二野瓶 徳夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報