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潜夫論 せんぷろんQian-fu-lun

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

潜夫論
せんぷろん
Qian-fu-lun

中国,後漢末の儒者王符著書。 10巻 36編。潜夫とは在野の士という意味。王符は当時 (2世紀中頃) の学者であったが,官僚として栄進することができずに隠棲し,『潜夫論』を著わして時勢を批判した。その立場は学問道徳を重んじて,徳による人民教化を政治眼目とし,当時の社会や政治を強く批判し,また迷信占いなどを排撃した。

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デジタル大辞泉の解説

せんぷろん【潜夫論】

中国の政論書。10巻36編。後漢の王符著。147~167年ごろ成立。当時の政治や社会の腐敗儒家法家を加味した立場から批判。

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世界大百科事典 第2版の解説

せんぷろん【潜夫論 Qián fū lùn】

中国,後漢の社会批判の書。10巻36編。王符(2世紀中ごろ)の著で,桓帝のときに成立。王符は,張衡(ちようこう)や馬融らと親交をもったが,門閥勢力の盛行した当時の官界に合わなかった。皇甫規のように彼の節操を慕う高官もあったが,昇進の機会のないまま隠退。発憤して著述に専念,社会の積弊を暴露して時政を攻撃した。《潜夫論》の〈潜夫〉とは世に埋れて名をなさない者の意で,もとより王符の姿勢を表す。内容は,学識を積んだ賢能の任用を説く能力主義や民生安定のための重農思想を主張し,とくに西北辺境の国防策と富貴の奢侈に警告し,さらに迷信の打破を強調して,当時の貴族主義的風潮に強く対抗した。

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大辞林 第三版の解説

せんぷろん【潜夫論】

〔名を表すことを好まず、世俗を超脱した者の論の意〕
中国、後漢の王符著。一〇巻。立身出世主義・金権主義・門閥主義という当時の風潮を厳しく批判し、正道に戻すための現実的施策をも論じた書。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

潜夫論
せんぷろん

中国、後漢(ごかん)末の儒者王符(生没年不詳)の著書。10巻36篇(へん)。王符は安定郡臨(りんけい)(甘粛(かんしゅく)省)の人。卑しめられる妾腹(しょうふく)の子として生まれ、この出生とも絡み、世俗になじまず、終生、仕官することはなかった。学者馬融(ばゆう)、張衡(ちょうこう)らと往来した。世俗、政界の醜悪なさまに憤り、隠居して書を著した。名を顕彰することをいとい、書名を「潜夫論」とした。その内容は主として治政にかかわるもので、治乱、禍福の本源を洞察できぬ世俗政界に批判を展開した。国の基本は民であるという孟子(もうし)の民本思想を踏まえて、天道・天命思想は道家(どうか)や荀子(じゅんし)の学説を継承発展させている。『後漢書(ごかんじょ)』は、王充(おうじゅう)、王符、仲長統(ちゅうちょうとう)を列伝第39にまとめている。三者に共通する思想を認めていたのであろう。[大久保隆郎]

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