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産業報国会 さんぎょうほうこくかい

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

産業報国会
さんぎょうほうこくかい

略称,産報。昭和 10年代の日本で労使協調による軍需生産の増強をはかるため各企業内に一斉に生れた組織。企業レベルでは大正末期からすでに生成していたが,日中戦争から第2次世界大戦期に労使一体による「産業報国」「事業一家」のスローガンのもとに軍需生産に協力させる産業報国運動が国家権力を背景に進められた。 1938年7月協調会の時局対策委員会による労使関係方策の建議に基づき産報設立勧奨の中央機関として産業報国連盟が設けられ,その指導下に全国の各工場,事業所に産報が結成されることになった。しかし産報結成がはかどらず,政府は各府県知事を責任者とする産業報国連合会の結成を命じて促進をはかり,その全国組織として 40年 11月に大日本産業報国会発足し,産業報国連盟は解散した。当時の政府と軍閥による全体主義的な組織で,これによって従来の労働組合はその姿を完全に消すことになった。第2次世界大戦終了まで7~8年間にわたって維持されたこの運動は,各職場における能率,作業時間,休憩,賃金,手当,配給,厚生施設,医療など,労働諸条件をめぐる問題が全国的規模で処理されることになり,これが戦後に始った労働組合の爆発的な発展に一つの歴史的遺産として引継がれることになった。戦前の生涯雇用,年功賃金,子飼い制度,常用工制度,企業内福利施設は,この産報の組織を媒介にして戦後へと継承される結果となった。日本の労働組合が独特の企業別組合として成長してきた一因もそこにある。

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デジタル大辞泉の解説

さんぎょうほうこく‐かい〔サンゲフホウコククワイ〕【産業報国会】

日本の戦時体制下における戦争協力のための労働団体組織。昭和13年(1938)産業報国連盟が発足、同15年、各種労働団体を統合して大日本産業報国会を設立。終戦とともに解散。産報。

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百科事典マイペディアの解説

産業報国会【さんぎょうほうこくかい】

大日本産業報国会

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大辞林 第三版の解説

さんぎょうほうこくかい【産業報国会】

1938年(昭和13)産業報国連盟のもとで戦争協力を目的に、各工場・事務所に置かれた労資一体の組織。40年、諸労働団体が合流して大日本産業報国会となり、戦時体制の一つの柱となった。45年解散。産報。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

産業報国会
さんぎょうほうこくかい

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世界大百科事典内の産業報国会の言及

【産業報国運動】より

…略して産報運動ともいう。中央組織としては,民間組織である産業報国連盟の成立(1938年7月),内務・厚生省主導による大日本産業報国会への再編(1940年11月)を節目とする。当初,官僚側の戦時労資関係制度への構想は,労資一体の理念のもとに待遇問題をも協議しうる労資懇談制度を普及させることであった。…

※「産業報国会」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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