田植の作業に歌われる労作歌。実際の田植のほか,田遊(たあそび)や御田植神事,囃子田(はやしだ),田植踊などで歌われる。かつて田植作業は単なる労働だけでなく,大事な神事儀礼的な民俗行事でもあったから,かならず歌を伴っていた。たとえばそれは現在も広島県や島根県の山間部で行われる〈囃子田〉にみることができる。囃子田では,田植のリーダーでもあり,田の神とも思われるサンバイと称する音頭取りを中心に,田植歌が歌われる。まず田の神を迎える朝のサンバイおろしの朝歌から始まり,昼の田の神への供食に歌う昼歌,夕方田植を終わって神送りをする晩歌まで,時刻により朝歌,昼歌,晩歌と決まった歌が歌われる。たとえば朝歌は,(音頭)〈エーうたいはじめはまずサンバイに参らしょう〉,(早乙女)〈ヤハーレヤレまずサンバイに参らしょう〉(中略),(音頭)〈イヤサンバイは,ヤーレ今こそおりゃる宮の方から〉,(早乙女)〈宮の方からヤーレ葦毛の駒に手綱よりかけ〉というように,音頭をとるサンバイと,田植をする早乙女の唱和の形をとって歌われる。昼歌は〈京へ上るが連れはないかいの,われが元のさいたのも連れて上れかし〉,晩歌は〈今日の早乙女は名残惜しい早乙女,洗い川の葦(よし)の根で文(ふみ)を参らしょう,名残惜しやというては袖をひかれた〉というものである。
このほか,全国各地に分布する田植歌には,田の神や田主(たあるじ)をほめる歌,また,田主をうらむ歌,腰をかがめての労働のつらさをうたった歌,早乙女をほめる歌など数多く伝承されている。しかし現在は田植技術の改良や機械化の進展に伴い,実際の田植に田植歌が歌われることは少ない。なお,〈囃子田〉や京都府亀岡の田植歌の中には,古風な中世歌謡の名残をみせるものがあり,《田植草紙》に残されている。
執筆者:仲井 幸二郎
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…田の土ならしから稲の収穫にいたる稲作の模様を,歌としぐさ,踊りなどで表現し,このとおりの無事収穫をお願いすると祈るのである。また夏の田植どきになると,女たちが田に降り,田の神を迎えて美しい田植歌を神に聞かせながら稲よ実れと祈る。またこの季節には,天災や疫病の鎮圧を祈って,太鼓や鉦(かね)を打ち鳴らして道中をしたり,激しく踊ったりする。…
… 労作歌には一般に作業を進める刺激として歌うものと,作業の休養の際に歌うものと2種ある。たとえば田植歌や麦搗歌(むぎつきうた),木挽歌(こびきうた),地搗歌(じつきうた),茶摘歌(ちやつみうた),山歌等は前者に,牛追歌,長持歌,駕籠舁歌(かごかきうた)の類は後者に属する。労作歌の中には酒造歌,木挽歌,油絞り歌,漆搔歌(うるしかきうた)等のように,ある一定の期間だけ雇われる季節労働者が歌う〈季節労作歌〉があり,これは比較的共通する歌が多いが,中には〈酒造歌〉のように作業の工程に従って数種の歌があるものもある。…
※「田植歌」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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