改訂新版 世界大百科事典 「発券制度」の意味・わかりやすい解説
発券制度 (はっけんせいど)
国家が法律によって銀行券の発行限度額を規制するしくみのこと。また,発券制度の概念に本来含まれないが,これと密接に関連する銀行券の準備(発行保証),構成等一連の銀行券発行業務に関する法的規制を合わせ発券制度と総称されることも今日では見受けられる。
近代における発券制度は19世紀にイギリスで確立された。それ以前,イギリスにおいてはイングランド銀行のほか多数の地方銀行がそれぞれに銀行券を発行しており,発行限度額や兌換(だかん)準備については各銀行の独自の判断に任されていた。しかし,1830年代の恐慌時に多額の金が国外に流出し,イングランド銀行の金準備が不足するに至り,発券制度のあり方について検討の気運が高まり,通貨主義と銀行主義(〈通貨主義・銀行主義〉の項参照)の両者の立場の間で激しい議論が起こった。このときは結局,銀行券の過剰発行を避けるため国家によって銀行券発行高を厳重に制限する必要があるとする通貨主義の立場から,イングランド銀行は正貨(金)準備に見合う金額のほか,1400万ポンドに限って国債などの有価証券を保証物権として保証発行fiduciary issueを行うという保証発行直接制限制度が採択された。これが1844年に制定されたいわゆるピール銀行法であり,各国の近代的発券制度のモデルとなったものである。
その後も,発券制度については通貨主義と銀行主義の両立場,あるいは両者の中間的立場からさまざまな議論がなされたが,今日主要国で採用されている発券制度でおもなものは次の三つである。(1)比例準備制度 銀行券の発行高に対し一定比率の正貨準備を必要とし,それ以上の部分で保証発行を認めるもの(アメリカなど)。(2)最高発行額屈伸制限制度 銀行券の保証発行限度を定めるが,必要があれば限度を超える発行(限外発行)が可能であるもの(日本)。(3)保証発行屈伸制限制度 正貨準備に見合う発行のほか保証発行を一定限度まで認める点で保証発行直接制限制度と同じであるが,必要があれば限外発行が可能なもの(イギリス。ただし実際には(2)にほぼ同じ)。
このように19世紀から20世紀の前半において発券制度が重視された背景には,銀行券発行が過大に行われる結果,景気が過熱し,インフレーションがもたらされるという当時の経済状況があった。しかし,小切手やその他の支払手段の発達により支払手段としての銀行券の役割が相対的に低下した結果,中央銀行が政策目的である物価安定,完全雇用,適正成長,国際収支均衡を実現していくためには,もはや銀行券発行高の調節によってのみでは不十分となり,より広く市中銀行の当座預金残高などをも含めた貨幣総量調節(マネー・サプライ・コントロール)を行うことが重視されるようになってきている。いいかえれば,いまや発券制度はマネー・サプライ・コントロールの一部といった位置づけしか与えられなくなっている。現にドイツ,韓国では銀行券の発行限度に関する規制は存在しないし,フランス,イタリアにおいても発行限度に関する規制は1930年代から停止されたままとなっている。
日本における変遷
次に日本における発券制度の変遷をみると,1884年制定の兌換銀行券条例において当初全額正貨準備発行制度が採用されたが,兌換銀行券の増加に伴い88年同条例が改正され,保証発行屈伸制限制度に改められた。その後,1941年臨時立法によって最高発行額屈伸制限制度が導入され,42年制定された日本銀行法によりこれが受け継がれて現在に至っている。
現行の制度によれば,銀行券の発行限度は閣議を経て大蔵大臣が決定,公示することとなっており,日本銀行は必要な場合には限外発行をすることが可能である。ただし,15日を超えて限外発行を継続するときには大蔵大臣の認可を要し,また16日以後の限外発行高に対しては限外発行税(現在税率年3%)を納めることとなっている。83年5月現在の発行限度額は21兆2000億円である。なお,これに関連して,日本銀行は銀行券発行高に対し手形,貸付金,国債,金地金等の形態で同額の発行保証を保有することや保証の価格については大蔵大臣の認可を受けるべきことなども定められており,発行保証の面からも安易な銀行券の増発が行われないよう歯止めが設けられている。
執筆者:佐藤 文俊
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報