相変態(読み)そうへんたい(英語表記)phase transformation

改訂新版 世界大百科事典 「相変態」の意味・わかりやすい解説

相変態 (そうへんたい)
phase transformation

化学組成は同一であるが,物理的性質や原子配列が異なる物質のそれぞれの状態を変態という。結晶相では多形と同じ意味に,単体の変態には同素体という語が用いられるが,金属元素の場合には変態という語を用いることが多い。とくに鋼や合金熱処理した場合に起こる同一元素の集合状態の異なる変化,つまり変態を一般に相変態と呼んでいる。鉄にはα鉄,γ鉄,δ鉄という同素体があって,α鉄は体心立方格子であるが,約910℃で面心立方格子のγ鉄に変わる。γ鉄はさらに約1410℃で体心立方格子のδ鉄に変わる。これに対して原子配列を伴わない変化が磁気変態である。鋼および合金の熱処理に伴う相変態には,マルテンサイト変態,共析変態,ベイナイト変態などがあり,状態図,変態曲線などを参考にすると理解しやすい。

マルテンサイト変態は構成原子が拡散して進行する変態ではない。高温相(オーステナイト)の結晶格子が温度低下とともに低温相(マルテンサイト)の格子へとゆがみやすくなり,多数の原子がいっせいにおよそ1原子間距離以下程度移動すること(原子の協同的変位という)によって,高温相と低温相の界面が移動して起こると考えられている。マルテンサイト変態開始温度はMs点といい,これは各金属,合金の成分などによって決まる。Ms点に達するとマルテンサイト変態が開始するが,この温度ですべてが変態を完了するわけではなく,温度を下げるにつれて変態量が増し,ある温度で変態が完了する。この変態完了温度をMf点という。このような変態は相転移の一種で,他の合金やセラミックスでも発見され,マルテンサイト型変態と総称される。Fe-C系合金の場合には,変態は可逆的でないが,形状記憶合金(〈形状記憶効果〉の項参照)などの場合は可逆的で,低温相から高温相への変態もマルテンサイト変態によって生じる。また応力を加えたり塑性加工をすると,Ms点より高い温度でマルテンサイト変態を起こすことがある。マルテンサイトの結晶構造はいろいろあるが,鋼の場合は,炭素約0.25%以下では体心立方晶であり,それ以上では体心正方晶である。顕微鏡では,針状,レンズ状の組織が観察される。

二元系合金において,固溶体が分解して別の二つの固溶体に変態する反応をいう。共析変態はいろいろの合金にみられるが,鋼の場合のパーライト変態が有名である。共析組成のオーステナイトを平衡状態になるように冷却すると,オーステナイトが分解し,フェライトセメンタイトFe3Cが同時に析出する共析変態が起こる。この結果生じたフェライトとセメンタイトの共析組織をパーライトという。鋼の組成が共析組成からずれていて,冷却過程で組織中に初析フェライトおよび初析セメンタイトが析出していても,残りのオーステナイトは共析温度でパーライト変態を起こす。この結果,常温での組織は,初析のフェライトとパーライトまたは初析のセメンタイトとパーライトとなる。前者を亜共析鋼hypo-eutectoid steel,後者を過共析鋼hyper-eutectoid steelという。

熱処理において生成する相の種類とその量を時間軸と温度軸に対して示した図を変態曲線という。この図は,多くの場合,非平衡相に関する状態図であり,実用的には熱処理作業に必要な保持温度,時間,冷却速度をこの図から知ることができる。

(1)等温変態曲線 TTT(time-temperature-transformation)曲線とも呼ばれる。鋼をオーステナイト化し,A1変態点(共析変態点)以下の適当な温度に急冷し,この温度に保持した場合の変態の進行状況を変態温度と時間により示した図である。このような一定温度で変態させることを等温変態isothermal transformationという。図1に鋼のTTT曲線を示す。これらの曲線は,S字形(Ms点を表す変態線をも含める)をなすのでS曲線とも呼ばれる。左側の曲線が過冷オーステナイトの変態開始線であり,右側が変態終了線である。過冷オーステナイトがパーライトに最も速く変態する点を俗にS曲線の鼻nose(Ar′点)という。またMs点(Ar″点)に近い過冷オーステナイトの準安定領域の広がっている部分を湾bayという。変態生成物は,温度によって異なり,曲線の鼻より上ではパーライトが生じ,その組織は温度が高い場合は粗く,低い場合は細かい。鼻より低い温度ではベイナイトbainiteと呼ばれる組織が得られる。高い温度で生成したベイナイトは上部ベイナイトと呼ばれ羽毛状組織であるが,低い温度で生成したベイナイトは下部ベイナイトと呼ばれ針状組織である。S曲線が長時間側によっているものほど,その鋼の変態が遅く,焼入れ性が大きい。S曲線の形状および位置に影響を及ぼす因子は,添加元素,結晶粒度,オーステナイト化の最高加熱温度などである。S曲線は鋼の焼入れ条件の決定や,オーステンパー,マルクエンチなどの特殊の熱処理のさいに利用される。オーステンパーaustemperingとは鋼をオーステナイト化し,Ar′とAr″の間に急冷して,オーステナイトが変態完了するまでその温度で等温保持してベイナイト変態させる方法で,マルクエンチmarquenchingとは一種の中断焼入れで,Ms点直上の熱浴に焼入れし,試料が均一になるまで等温保持し,その後空冷してマルテンサイト変態を徐々に起こさせる方法である。

(2)連続冷却変態曲線 CCT(continuous cooling transformation)曲線とも呼ばれる。実際の熱処理においては,オーステナイトは等温的に変態するのではなく,鋼はオーステナイト状態から連続的に冷却される。S曲線は等温変態図であるので,この曲線からは連続冷却中のオーステナイトの変態内容はわからない。そのため連続冷却過程で起こる変態の状況を示す目的で求められたのがCCT曲線で,オーステナイトを種々の速度で冷却して,変態の開始点と終了点の関係を表したものである。図2にCCT曲線の図を示す。横軸は冷却開始からの時間を対数目盛で,縦軸は変態温度を表す。a,b,c,d,eの矢印で示す線(冷却曲線)は冷却速度が異なるもので,aからeへ順に速度が速くなる。a~dそれぞれはa′~d′でパーライト変態が開始し,a″~d″で変態が終了する。これらの点を結んだ変態線がパーライト変態開始線および終了線である。低温側になるほどパーライトの組織は細かくなる。パーライト生成線に交わらないような冷却速度(e曲線)で冷却すれば,マルテンサイト変態開始線と交わりマルテンサイト変態を起こす。このようにCCT図は,鋼の硬化能の比較に用いられる。とくに溶接の場合は,冷却過程で焼入れと同じような冷却状態となるので,硬化能が大きいと割れを生じる危険がある。溶接割れの防止にはCCT図を利用し,鋼の硬化能を調べる。
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