江戸時代,金銀貸借・売掛金などに伴う紛争の訴訟(金公事(かねくじ))は受理しないから,当事者が相対で処理するようにという法令。数度にわたって出されているが,1719年(享保4)11月のものがもっとも有名。江戸時代,債権・債務など私権にもとづく訴訟にたいする幕府の扱いは,その種類によって差異があった。いまそれらを訴権(訴訟請求権)の強弱によって分けると,(1)仲間事,(2)金公事,(3)本公事となる。(1)は共同出資による利潤配分に関するもので,訴権なしとされた。(2)は借金銀,売掛けなどに関するもので,訴権はあるが本公事よりそれが弱いとされ,しばしば相対済令の対象にされた。(3)は(1)にも(2)にも属さない私権にもとづく訴訟で,つねに訴権ありとされた。この場合(2)と(3)を区別するものは利子付き・無担保という属性で,それをもつものを金公事,それのないものが本公事とされた。訴権はないが債権はあるという意味で,相対済令は,両者ともに消滅する棄捐(きえん)令とは異なっていた。
執筆者:大石 慎三郎
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江戸時代、金銀貸借、売掛金などに伴う訴訟に公権力は関与しないとして、相対(当事者同士)で解決するよう命じた法令。債権そのものの消滅を意味する棄捐(きえん)令と区別される。相対済令は、1661年(寛文1)から1843年(天保14)に至るまで8回出されている。しかし、これらの多くは過去の債権に関する訴権を否定したにすぎず、明確に相対で済ませと命じているのは、1702年(元禄15)、1719年(享保4)、1746年(延享3)の3法令だけである。なかでも享保(きょうほう)4年令は、適用範囲に限定を設けず、しかも過去の債権のみならず、将来発生すべき債権についても、いっさいの訴権を認めないとした唯一のものであったが、1729年(享保14)金融不円滑などを理由に廃止された。
[曽根ひろみ]
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江戸幕府が,貸金・売掛金の延滞など,おもに金銀貸借にかかわる訴訟を受理しないこととして,当事者間で裁判によらず相談・合意のうえ解決するように命じた法令。近世を通じて数次にわたって出されたが,1719年(享保4)のものが最も有名。背景には,全国規模での商品流通の発展にともない,売買・貸借・取引などにかかわる私人間の紛争が増加したことがあげられる。幕府は,こうした訴訟の増加に対して,全体として幕府裁判制度の充実,私法典の整備という方向で積極的に対応するのではなく,しばしば相対済令による訴権の棄却で乗りきろうとした。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
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