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神田伯山(初代) かんだ はくざん

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

神田伯山(初代) かんだ-はくざん

?-1873 幕末-明治時代の講談師。
初代神田伯竜の弟子。独自の語り口で,兄弟子の初代松林(しょうりん)伯円とならんで人気をあつめた。「大岡政談」のうちの「天一坊」が得意で,「伯山は天一坊で蔵をたて」とまでいわれた。明治6年10月4日死去。武蔵(むさし)川崎(神奈川県)出身。本名は斎藤定吉。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

神田伯山(初代)

没年:明治6.10.4(1873)
生年:生年不詳
幕末明治期の講釈師。武州川崎の生まれで,本名斎藤定吉。神田派の祖・初代伯竜の門人で,兄弟子に2代目伯竜,初代伯円がいた。最初のんびりダラダラ演じ,後半一気呵成に転ずるという独自の演出で評判となった。「宮本武蔵」「天一坊」「大坂軍記」などが有名で,なかでも「天一坊」は歌舞伎の世界にもとり入れられ,影響を与えた。師没後は事実上神田派の宗家。常に帯刀し高座の刀架けに脇差をのせてから話し始めたという。この愛刀は2代目に伝えられたが,のちに古武具類を納める靖国神社遊就館(東京九段)に献納された。明治初年に引退,盗賊のため殺された。<参考文献>関根黙庵『講談落語今昔譚』(改題復刻『講談落語考』,1960)

(吉沢英明)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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