植物に,いもち病菌が寄生して起こる病気。イネに最も普通の病気で,穂,葉,茎などに発生して大害を与える。とくに山間,北部地域では,いもち病との闘いが稲作の大きな課題であった。この事情を反映して,日本植物病理学の分野では最も多く,また深く研究されてきた病害である。日本ではじめてこの病気が記録されたのは,1679年(延宝7)の《永禄以来当院記録年鑑》(広積院祐栄書)とされるが,その後の《耕稼春秋》(1707ころ)の記載が人口に膾炙(かいしや)している。
葉に現れる典型的な病斑は,褐色,長ひし形で,両端は葉脈に沿って少し伸びる。しかし,激発するときには紫色水浸状の斑点を作り,また抵抗性のイネの上では褐色の小点となるなど,病斑にも種類が多い。穂に発生すると発病部位から先の方は実らないので,穂首いもちは被害が深刻である。葉いもち,穂いもちとも同じ菌によって起こるが,発生の様相としては,比較的葉いもちが多くて穂いもちの少ない南日本型と,逆に葉いもちよりも穂いもちの多い北日本型がある。若いイネに激発すると,株全体が萎縮して枯れてしまう。この病状を〈ずり込みいもち〉という。
病原は不完全菌類に属する菌Pyriculari oryzaea Cav.である。無性的に作られる分生子は小さなヨウナシ形をしていて,学名はこの胞子の形に由来する。いもち病伝染の主役は分生子で,病気にかかった種子や稲わらの中で越冬した菌糸から,翌春新しい分生子ができ,これが飛散してイネに病気を起こす(第1次伝染)。胞子がイネに到達すると発芽・侵入し,1週間ほどで病徴が現れる。本田では発病は梅雨期ごろに始まり,しだいに葉いもち病が広がる。葉いもち病斑から飛び散った胞子は,健全なイネに達して新しく病斑を作る(第2次伝染)。一般に,日照不足,多雨,低温のときに病気が多く,またイネの体内に遊離の窒素成分が多く,ケイ酸が少ないときに発生が多い。菌自体は26~28℃で発育が盛んだが,病気の進展の速いのはそれより低温(約22℃)のときである。またイネ品種によってかなり抵抗性に違いがみられる。外国イネには強度の抵抗性のものがあるが,日本在来の品種は概してかかりやすい。最近は外国イネの強い抵抗性因子を導入した品種も育成されている。しかしせっかく抵抗性品種ができても突然ひどく罹病してしまうことがある。これはレース新生のためであることが多い。レースraceとは形態が同じでありながら病原性の異なる菌で,日本には今16以上のイネいもち病菌レースが知られている。
いもち病の発生程度は年次によっても異なり,ほぼ10年周期で大発生が記録されている。昭和年代にはいってからは,1934年の稲作冷害が有名で,東北地方では娘の身売など深刻な社会問題が発生したが,この不作には純冷害のほかにいもち病による被害が大きかった。また第2次世界大戦後では,53年,63年,74年に大発生をみている。的確な防除を行うには発生を予察することが肝要である。以前から気象条件,イネの体質,胞子の飛散などを知って穂いもち病の発生を予測していたが,近年コンピューター導入で,大量のデータからの予察も試みられている。防除薬剤としては,戦前はボルドー液万能であったが,戦後一時期有機水銀剤が脚光を浴び目覚ましい効果を挙げた。しかし毒性の問題で使用不可能となり,現在では抗生物質剤(ブラストサイジンS,カスガマイシンなど)や有機リン粒剤などが使われている。ここ数年Pyricularia属菌の菌学的な研究が進み,イネいもち病菌とシコクビエいもち病菌の交配によって有性胞子が形成され,またイネいもち病菌がタケに寄生性のあることが知られるなどして,菌の所属について検討される時機にある。いもち病は稲熱病と書くようにイネに由来するが,今は比較的広く用いられ,上記のほかショウガ,アワ,メヒシバにもいもち病がある。
執筆者:寺中 理明
不完全菌類,不完全糸状菌綱Hyphomycetesに属するもので,イネの葉,花軸,穂,節間などを侵し,暗色の分生子柄の上方ところどころにヨウナシ形~倒棍棒形で3細胞の分生子を形成する。他のイネ科植物(アワ,メヒシバなど)に寄生するいもち病菌のPyricularia grisea(Cooke)Sacc.と形態的に酷似し,その間に交配も起こって完全世代ができる。
執筆者:椿 啓介
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…第2は病害に対する防除対策である。菌類病の一種であるいもち病は,窒素肥料を多用した場合や冷害時などに多発し,激甚な被害をもたらすもので,最も恐れられている病気である。また同じく菌類病であるごま葉枯病や紋枯病,細菌による白葉枯病,あるいはウイルスによる縞葉枯病や萎縮病など多種類の病原がイネに被害を与える。…
…植物病理学は実用的には作物を取り扱うことが最も多いため,研究の動向は農業政策に左右されることも否めない。日本の主食が米であり,昭和初期にイネの冷害不作が深刻となったので,その対応としていもち病の研究が盛んとなった。いもち病研究は日本のものが国際的にも最も進歩しており,また国内の他作物の病害と比較してもその研究の量は膨大なものがある。…
…また内容によっては防除所長が地区報の形で発表することも可能である。はじめはいもち病,ニカメイチュウなどイネ病害虫,ムギ類銹(さび)病を対象に始められた予察事業は,その後農業政策の改変とともに広範にわたり,野菜,果樹にまで及んでいる。新しい予察技術の検討および導入はつねに植物病理学,応用昆虫学の研究課題である。…
※「稲熱病」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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