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米市 コメイチ

デジタル大辞泉の解説

こめ‐いち【米市】

江戸時代、米の売買取引が行われた市場

よねいち【米市】

狂言。男が米俵小袖を着せて背負って行くと、若者たちにとがめられ、「俵藤太のお娘御、米市御寮人の里帰り」と答えるが見破られる。

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世界大百科事典 第2版の解説

こめいち【米市】

米穀の集散地や消費地に成立した米穀取引市場。室町時代には当時最大の米消費市場であった京都に,三条室町と七条に上下米場の成立を確認しうる。これらは京の諸口を通って入ってくる諸国廻米を独占的に取引した卸売市場で,上下両米場座商人がそこで独占的な営業を行い,洛中の米小売商人たちに卸売していた。当時京都には四府に所属する駕輿丁(かよちよう)のなかに多数の特権的な米商人がいたが,彼らがおそらく米場座を結成していたものと思われる(米座)。

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大辞林 第三版の解説

こめいち【米市】

江戸時代、米の取引が行われた市。米相場の立った市場。大坂堂島米市が最も栄えた。

よねいち【米市】

狂言の一。保護者からもらった米俵へ、これも妻への祝儀としてもらった小袖をかけ、米市御寮人の里帰りとしゃれこんだ男に、近所の若い衆がその美女からの杯がほしいといってからむ。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

米市
よねいち

狂言の曲名。雑(ざつ)狂言。大晦日(おおみそか)、世話になっている家に歳暮の挨拶(あいさつ)に行った男が、年越しの米と妻への土産(みやげ)に小袖(こそで)をもらう。米俵を背負いそれに小袖を羽織って帰る姿が、いかにも由緒ありげな娘を連れているように見え、通りかかった若者たちが声をかける。男が背の荷物にちなんで「俵藤太(たわらとうた)のお娘御(むすめご)、米市御寮人のお里帰り」としゃれて答えると、若者たちは有名な美少女ならぜひとも盃(さかずき)を頂きたいものだと迫る。困った男は棒を振り回して追い散らすが、小袖に包まれたのが米俵とばれてしまい、若者たちは拍子抜けして帰ってしまう。一人舞台に残された男、やおら米俵を高々と担ぎ上げ、お前たちには興味なくても自分にはたいせつな年取り物だと誇らしげにいって終曲。中世庶民の切実な年越し風景をほのぼのと描き、詩情を残す作品である。[油谷光雄]

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世界大百科事典内の米市の言及

【湘潭】より

…1949年に市となった。湘江の湾曲点にあり,水量豊富で船の碇泊に便利なため,古来水陸交通の要衝として知られ,湘江流域および江西省西部の物産の大集散地として商業活動が活発で,米の取引が盛んであり〈米市〉とも呼ばれた。おもな移出品は米,茶,桐油,夏布,薬材,紙などである。…

※「米市」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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