糸魚川(市)(読み)いといがわ

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

糸魚川(市)
いといがわ

新潟県の西端、日本海に臨み、姫川(ひめかわ)の両岸に広がる西頸城(にしくびき)地方の中心都市。1954年(昭和29)糸魚川町を中心に浦本(うらもと)、上早川(かみはやかわ)、下早川、大和川(やまとがわ)、西海(にしうみ)、大野、根知(ねち)、小滝(こたき)の1町8か村を合併して市制施行。同年今井村の一部を編入。2005年(平成17)西頸城郡能生町(のうまち)、青海町(おうみまち)を合併。JR北陸新幹線が通じ、大糸線を分岐する。また、北陸本線から第三セクターに移管されたえちごトキめき鉄道や北陸自動車道、国道8号、148号も走る。姫川渓谷は日本列島の継ぎ目といわれる糸魚川‐静岡構造線の起点で、支流小滝川上流には、日本唯一のひすい産地があり、国の天然記念物に指定されている。長者ヶ原(ちょうじゃがはら)遺跡はそのひすいの勾玉(まがたま)がつくられたわが国硬玉文化の発祥地である。神話で有名な大国主命(おおくにぬしのみこと)と、奴奈川姫(ぬなかわひめ)の恋物語もこのひすいの勾玉が契機であったといわれ、市役所前庭には奴奈川姫の銅像も建てられている。中心の旧糸魚川町は、古くは『延喜式(えんぎしき)』にもみえる北陸道の宿駅の一つであり、中世は上杉謙信(けんしん)が武田信玄(しんげん)に塩を送ったという塩の道の分岐点でもあった。近世は北陸街道と歩荷(ぼっか)交通で有名な松本街道(千国(ちくに)街道)の要衝としてにぎわい、上杉氏の出城清崎(きよさき)城が築かれ、1717年(享保2)から定府(じょうふ)大名松平氏1万石の城下町として栄えた。第二次世界大戦後は豊富な石灰岩原料に恵まれてセメントを中心に、化学工業都市に変わり、硬玉加工業も名物になっている。また、姫川港の築港も完成して、水陸交通の要衝にもあたっている。
 観光面では、フジの名所月不見(つきみず)の池、糸魚川市歴史民俗資料館(相馬御風(そうまぎょふう)記念館)、天津(あまつ)神社(4月のけんか祭が有名)、根知山寺(ねちやまでら)の延年(えんねん)(おててこ舞、国指定重要無形民俗文化財)などがあり、県境の中部山岳国立公園や、白馬山麓(はくばさんろく)県立自然公園の山岳美や渓谷美に恵まれ、梶山(かじやま)、笹倉(ささくら)、白馬、蓮華(れんげ)温泉もある。面積746.24平方キロメートル(一部境界未定)、人口4万4162(2015)。[山崎久雄]
『青木重孝監修『糸魚川市史』全5巻(1976~1981・糸魚川市)』

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