紫微中台(読み)しびちゅうだい

日本大百科全書(ニッポニカ)「紫微中台」の解説

紫微中台
しびちゅうだい

奈良時代の令外官(りょうげのかん)。749年(天平勝宝1)孝謙天皇が即位し、生母である光明皇后が皇太后となったのに伴い、皇后宮職(こうごうぐうしき)を改組したもの。令(れい)・弼(ひつ)・忠(ちゅう)・疏(そ)の四等官(しとうかん)制をとり、官位相当は八省より高かった。紫微令には光明皇太后の甥の藤原仲麻呂が任用された。仲麻呂は紫微中台を利用して権力を蓄え、757年(天平宝字1)には紫微令を改めた紫微内相(ないしょう)となるが、これは、天皇の勅を奉じて諸司にわかち、かつ内外諸兵事を統轄する職掌をもつものであった。758年の官号改易の際に坤宮官(こんぐうかん)と改称されるが、同日仲麻呂が大保(だいほう)(右大臣を改称)に転任すると、坤宮官は長官を欠いたままとなり、760年の光明皇太后崩御の後、ほどなく廃止された。

川敏子]

『岸俊男著『藤原仲麻呂』(1987・吉川弘文館)』『栄原永遠男編『古代の人物3 平城京の落日』(2005・清文堂出版)』

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精選版 日本国語大辞典「紫微中台」の解説

しび‐ちゅうだい【紫微中台】

〘名〙 奈良時代、天平勝宝元年(七四九)孝謙天皇の時、藤原仲麻呂(恵美押勝)が一時改称した皇后宮職の称。令・大少弼・大少忠・大少疏の官職を設け、仲麻呂みずから紫微令に就任した。天平宝字二年(七五八)さらに坤宮官と改称。
※続日本紀‐天平勝宝元年(749)九月戊戌「制紫微中台官位

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典「紫微中台」の解説

紫微中台
しびちゅうだい

奈良時代中期に行われた令外官 (りょうげのかん) 。天平勝宝1 (749) 年9月,藤原仲麻呂発議により,従来皇后宮職を改称して生れた。仲麻呂はその長官である紫微令に任じられ,勢威をふるったが,天平宝字8 (764) 年9月誅せられ,この官制も廃せられ,もとの皇后宮職に復した。

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世界大百科事典 第2版「紫微中台」の解説

しびちゅうだい【紫微中台】

749年(天平勝宝1)に設置された外官。令,,疏の四等官22名がおかれた。もと光明皇后意志伝達,日常生活等を営むために729年(天平1)設置された皇后宮職を改称したものである。孝謙天皇即位にともなって光明皇后が皇后から皇太后へかわったことに際してとられた措置であるが,紫微中台の長官(紫微令,後に紫微内相)に藤原仲麻呂が任命され,光明皇后との密接なつながりを官職上ももったことが注目される。

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