経師(読み)キョウジ

デジタル大辞泉の解説

きょう‐じ〔キヤウ‐〕【経師】

書画の幅(ふく)や屏風(びょうぶ)・ふすまなどを表装する職人。表具師。
経文を書き写すことを業とした人。
経文を折り本や巻物に仕立て、表装する職人

けい‐し【経師】

中国で代に、経書を教えた教師
ただ経書の字句だけを教授する教師。

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世界大百科事典 第2版の解説

きょうじ【経師】

奈良時代に,写経司(のち写経所)という写経事業担当の官庁や,東大寺など官寺の写経所,さらには貴族の家の写経所などで経典の書写に従事した人。写経生(しよう)。写経の校正にあたるものは校生,用紙の仕立てや装丁にあたるものは装潢(そうこう)と呼び,経師とはその任務を異にした。官の経師は,厳重な書体の審査をへて優秀なものが選抜され,採用されると作業用の浄衣(じようえ)(白衣)と食事(精進料理),ならびに筆墨の支給を受けて,写経殿という場所に起居した。

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大辞林 第三版の解説

きょうじ【経師】

書画や屛風びようぶ・襖ふすまなどの表装をすることを業とする人。表具師。
経文の書写を専門の業とする人。 「 -四人を召して、古麿の為に法花経一部写し奉る/霊異記
経巻の表装を業とする人。 「四巻経書き奉るべき紙、-に打ちつかせ/宇治拾遺 8

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

経師
きょうじ

8世紀の奈良期では写経師のことで、それを巻物にする装(そうこう)(書画の表装)の仕事は別の装師の仕事となっていた。12世紀の平安後期になって経巻や巻子本(かんすぼん)の製本の仕事が多くなってきて、それが経師のおもな仕事となり、職人として独立した。17世紀の江戸初期からは巻子本だけでなく冊子(さっし)本の製本もするようになり、表装の表具師の仕事も混じってきた。表具師はもとは(ひょうほい)師といった。一方に、和本の冊子本の製本には表紙屋という専門職人が分化してきて、経師が携わる製本は本来の巻子本・巻物となり、別に表具師の仕事が加わった。居職(いじょく)で、経師屋ともいうようになった。17世紀初めに、京都で表具師の巻物は使いものにならないし、また、経師の表具はよろしくないといわれたように、本来はそれぞれの職分はあったのである。しかし、経師屋といえば、経師の仕事よりも表具師や唐紙(からかみ)師の仕事がおもになってきた。初めは特別な刃の小刀がおもな道具であったが、冊子本が多くなると、竹の弾力を利用して帖(じょう)を圧搾する短く太い柱状の道具や糊(のり)を入れる桶(おけ)または鉢や刷毛(はけ)と金砂子(きんすなご)を振りかけるときに使う水嚢(すいのう)(篩(ふるい))などがあった。また、技法は掛物と同じであるが、糊は薄い。裏打ち、仮張りをして定規をあて紙切り包丁で裁ち、軸に巻き紐(ひも)をつける。経師の仕事は京都が中心で、経師仲間の長を大経師(だいきょうじ)といって、禁裏の注文に応じていたし、暦の印刷・発行の特権をもっていた。[遠藤元男]

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世界大百科事典内の経師の言及

【三蔵法師】より

…〈さんぞうほっし〉ともよむ。仏教の聖典の経蔵・律蔵・論蔵のそれぞれに精通した人を,経師・律師・論師といい,三蔵のすべてに通暁した人を三蔵比丘・三蔵聖師といったが,とくに有名なのが三蔵法師の呼称であり,ときには略して単に三蔵と呼ぶこともある。一蔵に精通することでさえ難事であるだけに,三蔵に通暁する法師というのは,きわめて尊敬をこめた意味であった。…

【表具・表装】より

…奈良・平安時代には装潢(そうこう)といい,おもに経巻の表装が行われた。鎌倉時代に入ると裱褙(ひようほえ)と呼ばれ,書画の表装を専門に行う裱褙師が出現し,経巻の表装には経師(きようじ)が当たった。室町時代には,唐絵や禅林墨蹟を唐織(からおり)などを用いて,書院や床の間(当時は押板(おしいた)と称す)における鑑賞用に仕立てられ,書画の選択や表装の演出には同朋衆(どうぼうしゆう)(阿弥派)がこれに当たった。…

※「経師」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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