公益事業、大規模な事業あるいは特別の性質の事業における争議行為の発生に際して、国民経済・生活を著しく危うくするおそれが現実にある場合、中央労働委員会(中労委)の意見を聴いて内閣総理大臣が決定する労働争議調整方法。この制度は、1952年(昭和27)の労働関係調整法(昭和21年法律第25号)の改正に際して新しく導入されたものである。旧労働関係調整法は、公益事業での争議行為について、事前に労働委員会に調停を申請すること、および所定の手続後30日を経過して初めて争議行為を実行できることを定めていた。国家公務員法および公共企業体等労働関係法(現、行政執行法人の労働関係に関する法律)の制定・改正に伴い、労働関係調整法改正においては、公益事業およびそれに準ずる事業における大規模な争議行為をどう規制するかが問題となった。その結果、労働省(現、厚生労働省)内部に審議会を設けて検討がなされたが、最終的には意見の一致がみられず、労働省が審議会の公益委員の意見を参考にして導入したのが現行の緊急調整制度である。
労働関係調整法は緊急調整の手続について次のように定めている。公益事業およびそれに準ずる事業における争議行為による業務の停止が、「国民経済の運行を著しく阻害し、又は国民の日常生活を著しく危くする虞(おそれ)があると認める事件について、その虞が現実に存するときに限り」、内閣総理大臣は緊急調整を決定できる(35条の2)。そして内閣総理大臣は、緊急調整の決定を行うときには、あらかじめ中労委の意見を聴かなければならず(35条の2第2項)、決定を行ったときには、ただちに理由を附してその旨を公表し、同時に中労委および関係当事者に通知しなければならない(35条の2第3項)。この通知を受けた中労委は、ほかのすべての事件に優先して当該事件を処理する(35条の4)。
中労委がとるべき処理方法としては、
(1)斡旋(あっせん)
(2)調停
(3)仲裁
(4)事件の実情調査および公表
(5)事件解決に必要な措置の勧告
の五つの手段がある(35条の3)。そして緊急調整決定の公表があれば、関係当事者は公表の日から50日間は争議行為を禁止される(38条)。違反には刑罰が科せられる(40条)。
この緊急調整制度は、いわゆる「ゼネスト禁止法」案の代案として導入された経緯にみられるとおり、大規模な労働争議に国家が介入することを認めるものである。本来、労働争議は、労使が自主的に解決することが原則である。したがって、緊急調整制度はきわめて例外的なものであり、実際、これまで1952年の炭労(日本炭鉱労働組合)ストライキの際に発動されたことがあるだけである。
[村下 博・吉田美喜夫]
労働争議が異常な規模・性質となり,国民経済・国民生活に著しく重大な影響を与えかねなくなった場合の非常措置として労働関係調整法(35条の2~5,38条,40条1項)により用意された緊急の労働争議調整方法。1952年の占領体制終了にともなう法改正で新たに設けられたが,同年末の石炭争議時に一度発動されただけで,それ以降はいわば非常事態に対する〈伝家の宝刀〉としてのみ存在している。緊急調整の決定から50日間は関係当事者が争議行為をすることが禁止され,その違反は刑事制裁(罰金刑)に処されるだけに,たとえ緊急事態から国民経済・国民生活を防御するためとはいえ,その発動はきわめて慎重になされるべきだからである。緊急調整は,労働争議が公益事業に関する場合,争議規模が大きい場合,特別の性質の事業に関する場合のいずれかで,かつ,争議行為による当該業務の停止が国民経済の運行を著しく阻害し,または国民の日常生活を著しく危うくするおそれがあると内閣総理大臣が認める事件について,現実にそのおそれがある場合にかぎって,この決定をすることができる。決定に先だち,内閣総理大臣は中央労働委員会(または船員中央労働委員会)の意見を聞かなければならない。総理大臣は緊急調整の決定後ただちにそのことおよびその理由を公表し,上記委員会と関係当事者に通知をしなければならない。通知を受けた上記委員会は,他の事件に優先して緊急調整事件に取り組み,争議解決に最大限の努力を尽くすべきことになっている。調整の手段としては,斡旋,調停,仲裁,実情調査と公表,勧告といった措置がとられる。ただし,緊急調整の決定があったからといって,労働争議の調整が関係当事者の自主性を無視した強権的介入となるものではなく,強制仲裁などは許されない。また,50日間の鎮静期間が経過したならば,関係当事者に争議行為の自由が回復することはいうまでもない。緊急調整制度は,治安立法ではなく,争議行為の最終的禁止や強制仲裁によるその代置を目的とするものではないからである。自主的かつ合理的な争議調整方法と一定の鎮静期間の組合せによる労働争議の解決を目ざしており,一般に憲法(28条ほか)にも反しないと解されている。なお,類似の外国の制度にアメリカ合衆国の国家緊急事態制度(タフト=ハートリー法206~210条)があり,日本の制度の参考となった。
→労働争議調整制度
執筆者:諏訪 康雄
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…一度仲裁申請をすると事件が全面的に第三者の手に移ってしまうことから当事者が躊躇することが多く,なかなか利用されないのが日本の実情である。以上の通常の調整手続のほかに,緊急時のものとして緊急調整制度がある(4章の2)。異常な規模・性質の労働争議が国民経済・国民生活を著しく脅かすような事態があるとき,内閣総理大臣が中央労働委員会の意見を聞いたうえで決定をし,50日間当該争議行為を禁止しつつ,その間に中央労働委員会が最大限の努力をして争議調整に至ろうとするものである(これまでに,1度だけ発動された)。…
※「緊急調整」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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