義仲寺(読み)ギチュウジ

百科事典マイペディアの解説

義仲寺【ぎちゅうじ】

滋賀県大津市にある天台系の単立寺院。本尊聖観音。〈よしなかでら〉とも。室町時代末六角氏が木曾義仲源義仲)を供養するため創建という。芭蕉は遺言によって,死後義中の墓と並んで葬られ,〈木曾殿と背中合わせの寒さかな〉の句碑が立つ。

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世界大百科事典 第2版の解説

ぎちゅうじ【義仲寺】

滋賀県大津市にある単立寺院(元,天台宗寺門派)。無名庵ともいう。1184年(元暦1)この地で戦死した木曾義仲の菩提を弔って,巴御前が草庵を作ったのにはじまるとされる。1553年(天文22)佐々木高頼が諸堂を建立し,寺観を整えた。義仲の塚のかたわらには,1690年(元禄3)当寺に滞在した松尾芭蕉の墓があり,境内に芭蕉の木像を安置した翁堂や多くの句碑がある。芭蕉ゆかりの寺として俳人の訪れが絶えない。【伊藤 唯真】

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大辞林 第三版の解説

ぎちゅうじ【義仲寺】

大津市馬場ばんばにある寺。もと天台宗寺門派、現在は単立。1553年源義仲追福のために創建と伝える。松尾芭蕉の墓がある。よしなかでら。

よしなかでら【義仲寺】

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世界大百科事典内の義仲寺の言及

【蝶夢】より

…はじめ望月宋屋に接したが,1759年(宝暦9)の越前敦賀(つるが)旅行を契機に地方系蕉門俳壇に移って,京の同俳壇の中心となり,寺町帰白院11代住職を辞して,68年(明和5)洛東岡崎に草庵を結ぶ。以後は芭蕉復興の俳諧活動に専念,例年義仲寺(大津市)で営む芭蕉忌を中軸とした芭蕉顕彰運動を全国的規模で展開して,70年には同寺の芭蕉堂を再建する。組織力にすぐれ,諸事業を通じて諸国俳人の蕉風化を進め,93年(寛政5)の芭蕉百回忌法要はその達成といえる。…

※「義仲寺」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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