羽生善治(読み)はぶよしはる

  • 1970―
  • 羽生善治 はぶ-よしはる

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

[生]1970.9.27. 埼玉,所沢
将棋棋士。1982年二上達也9段門下となり,プロ棋士の養成機関である奨励会に入る。1985年 4段に昇段し,プロ棋士となる。「羽生マジック」と呼ばれる従来の型にとらわれない創造的かつ斬新な棋風が注目され,1989年竜王戦で初タイトル獲得。1994年には名人戦米長邦雄を破り名人位を獲得,さらに佐藤康光から竜王位を奪い,すでに獲得していた棋王(→棋王戦),王座(→王座戦),棋聖(→棋聖戦),王位(→王位戦)を合わせ,史上初の六冠となる。1996年には谷川浩司から王将(→王将戦)を奪取し,一年間保持した六つのタイトルを合わせ七冠となった。その後もタイトルを順調に獲得し続け,2008年永世名人の資格保持者となり,2012年には棋聖戦に勝利して大山康晴15世名人の通算タイトル獲得数 80期を抜いた。2017年,唯一残っていた永世竜王の資格を得て,七大タイトルすべてにおいて「永世称号を獲得した。2018年国民栄誉賞受賞。

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知恵蔵の解説

日本の将棋棋士。段位は九段。1970年9月27日、埼玉県所沢市生まれ。二上達也九段門下。85年に四段に昇格してプロ棋士となり、89年竜王戦で初タイトルを獲得した。竜王位は1期で奪われたが、91年に棋王のタイトルを獲得して以降、2017年11月現在まで、常に何らかのタイトルを保持するなど、第一線で活躍し続けている。通算タイトル獲得数は史上最多の99期で、内訳は竜王7期、名人9期、王位18期、王座24期、棋王13期、王将12期、棋聖16期。1996年、25歳で史上初の七冠独占を達成し、2017年の竜王戦で、渡辺明竜王を4勝1敗で降し、七つすべてのタイトルで永世資格を取得した。15年に一般棋戦として始まり、17年5月にタイトル戦昇格が決まった叡王戦での優勝経験はない。一般棋戦でも安定した強さを誇り、NHK杯戦はこれまでに10回優勝、史上初の名誉NHK杯選手権者の称号を獲得した。受賞歴も多数で、将棋大賞の最優秀棋士賞は21回受賞している。
定型にとらわれないオールラウンダーで、序盤、中盤、終盤と隙がない。相手の戦型に合わせて柔軟に指し、終盤における強さは「羽生マジック」と呼ばれている。研究熱心で、若手が考案した新しい戦法も積極的に取り入れ、AI(人工知能)も利用している。
4歳からは東京都八王子市で育ち、小学1年のころ、遊びに行っていた同級生の家に将棋盤があったことから将棋を始めた。小学2年の夏、子ども将棋大会で予選落ちしたことをきっかけに地元の将棋道場に通うようになり、力をつけた。小学6年だった1982年、二上九段に入門し、棋士養成機関である奨励会の入会試験に合格した。その後は次々と昇段し、85年、中学3年で四段に昇段。加藤一二三九段、谷川浩司九段に続き、史上3人目となる中学生でのプロデビューを果たした。
88年度のNHK杯戦で加藤一二三や谷川浩司ら歴代名人を破って優勝し、脚光を浴びた。この年は、将棋大賞の最優秀棋士賞を史上最年少の18歳で受賞した。89年の竜王戦で、島朗竜王に4勝3敗1持将棋で勝ち、初めてタイトルを獲得。その後も次々とタイトル戦に勝ち、93年に竜王、王位、王座、棋王、棋聖の5冠となった。94年にはこれらに名人のタイトルを加えた棋界初の6冠を達成、翌96年に7冠を制覇した。
以降、何度も無冠の窮地に陥りながらも、一つ以上のタイトルを守り続けている。2004年、王座を残して1冠となったが、次々とタイトルを奪い、翌05年に4冠とした。07年に2冠となった時も、翌08年に4冠とした。また、07年、史上最速(22年0カ月)、最年少(37歳2カ月)で通算1000勝を達成した。
将棋界で長年1強時代を築いたが、近年は、渡辺明や佐藤天彦、菅井竜也ら若手に追い上げられ、17年12月現在、竜王と棋聖の二冠となっている。
チェス愛好家としても知られている。その実力は国内トップクラスで、国際的なタイトルも保持している。私生活では1996年に女優(当時)の畠田理恵と結婚、二女がいる。

(南 文枝 ライター/2017年)

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デジタル大辞泉の解説

[1970~ ]将棋棋士。19世名人。埼玉の生まれ。平成元年(1989)竜王戦に勝利し、当時の最年少記録となる19歳2か月で初タイトルを獲得。平成6年(1994)米長邦雄を破り名人となる。平成8年(1996)当時の全タイトルである7冠を独占。平成29年(2017)永世竜王の資格を獲得し、すべての永世称号を制覇する永世七冠を達成。令和元年(2019)通算勝利数で大山康晴の1433勝を上回り、歴代最多勝記録を更新した。タイトル獲得99期も歴代最多。永世名人永世竜王永世王位名誉王座永世王将永世棋王永世棋聖。平成30年(2018)国民栄誉賞受賞。

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百科事典マイペディアの解説

将棋棋士。埼玉県生れ。1982年二上達也9段門下となり,1984年初段。1989年第2期竜王戦で初タイトルを獲得。1993年8段となり,第34期王位を獲得。棋王戦,王座戦,棋聖戦などのタイトルも次々と奪取し,史上最年少の5冠王となる。1994年9段となり,第52期名人戦で名人位を獲得。同年12月の第7期竜王獲得で,史上初の6冠王。さらに1996年2月には第45期王将位を獲得,1983年に7冠時代を迎えてから初の7冠全冠制覇を達成した。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

1970- 昭和後期-平成時代の将棋棋士。
昭和45年9月27日生まれ。昭和57年二上達也(ふたかみ-たつや)に入門。60年4段。平成元年竜王を獲得し,初の10代のタイトル保持者となる。5年8段となり,竜王,棋聖,王位,王座,棋王の五冠王。8年王将,名人位をくわえ七冠独占をはたした。永世棋聖,永世王位,名誉王座,永世棋王,永世王将,永世名人の資格をもつ。柔軟な棋風は「羽生マジック」とよばれる。平成19年最年少で公式戦1000勝を達成。20年菊池寛賞。22年王座19連覇を達成。26年4年ぶりに名人位に復帰して四冠となる。27年名人位,棋聖位を連覇(名人位通算9期,棋聖位通算14期)。通算タイトル獲得数は93期(27年9月5日)。埼玉県出身。

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知恵蔵miniの解説

将棋棋士。1970年9月27日、埼玉県所沢市生まれ。82年、二上達也九段の門下となる。85年に四段に昇格してプロとなり、89年に竜王戦で初タイトルを獲得。94年に九段に昇格し、同年の名人戦で名人位を獲得する。96年、当時の主要タイトルである名人、竜王、棋聖、王位、王座、棋王、王将の7冠独占を果たした。2017年、永世竜王の資格を獲得し、史上初の永世7冠を達成した。18年には国民栄誉賞を受賞。19年、大山康晴・十五世名人を抜いて歴代単独最多となる公式戦通算1434勝を達成した。

(2019-6-6)

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

将棋棋士。埼玉県生まれ。都立富士森高校中退。都立上野高校通信制課程を卒業。小学1年で将棋を始め、小学6年のとき小学生名人戦に優勝。1982年(昭和57)二上達也九段門下となり、奨励会に入会。1985年四段、加藤一二三九段、谷川浩司九段につぐ将棋界3人目の中学生プロ棋士となった。1988年新人王。1989年(平成1)竜王位を獲得し初タイトル。1994年米長邦雄を破り、名人位を獲得。1996年には名人、竜王、棋聖、王位、王座、棋王、王将の史上初の7冠同時制覇を達成した。2017年(平成29)第30期竜王戦で渡辺明を破り竜王に復位し、永世竜王の資格を獲得。これにより史上初の「永世7冠」の資格保持者となった。2017年末時点でタイトル獲得99期。1996年内閣総理大臣顕彰。2018年国民栄誉賞受賞。[編集部]

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