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東京湾 とうきょうわん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

東京湾
とうきょうわん

東京都,神奈川県,千葉県に囲まれ,浦賀水道太平洋に通じる海湾広義には東の房総半島南端の洲崎と,西は三浦半島南端の剣崎を結ぶ線から以北,浦賀水道を含んだ海域をいい,狭義には三浦半島東端の観音崎と千葉県の富津岬を結ぶ線以北の海域。水深約 30m。海底は泥土が大部分を占めるが,北岸と房総半島側は砂質,三浦半島側は岩石が多い。水路は狭く航行に不便であるが,湾岸に首都東京や京浜工業地帯京葉工業地域を控え,水上交通は盛んである。横浜,川崎,東京の3港を含めた京浜港や京浜運河,横須賀港千葉港がある。近年は水質汚濁が著しく,漁業は不振。都の臨海副都心計画や業務核都市計画のもとに湾岸の埋立てが進行。みなとみらい 21 (横浜港) ,幕張新都心 (千葉港) ,東京テレポートタウン (臨海副都心) ,さらに神奈川県川崎市と千葉県木更津市を結ぶ東京湾アクアラインなどが開発されている。

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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

東京湾

広義では三浦半島南東端の剱崎(つるぎざき)(神奈川県)と房総半島南西部の洲崎(すのさき)(千葉県)を結ぶ線より北側の海をいう。広さは1400平方キロ。狭義では三浦半島の観音崎(かんのんざき)と房総半島の富津岬(ふっつみさき)を結ぶ線より北を指す(内湾)。湾に注ぐ川の流域人口は2900万人。その生活排水や京浜、京葉工業地帯などからの工場排水が流れ込み、水質汚濁を引き起こしている。一方で年間漁獲量は2万トンに近く、広さが同程度の鹿児島湾の3倍ほどに達する。

(2009-12-25 朝日新聞 朝刊 首都圏 県版マリオン)

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百科事典マイペディアの解説

東京湾【とうきょうわん】

関東地方南部の湾入。東は房総半島,西は三浦半島にいだかれ,北は関東平野に接し,南は浦賀水道を経て太平洋に通ずる。広義には浦賀水道をも含み,南北約80km,東西約30km,面積約1500km2
→関連項目神奈川[県]関東平野隅田川袖ヶ浦[市]千葉[県]

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デジタル大辞泉プラスの解説

東京湾

1962年公開の日本映画。監督:野村芳太郎、脚本:松山善三、多賀祥介、撮影:川又昂。出演:石崎二郎、榊ひろみ、葵京子、西村晃、玉川伊佐男、細川俊夫、織田政雄ほか。

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世界大百科事典 第2版の解説

とうきょうわん【東京湾】

房総半島と三浦半島にはさまれた海湾。千葉県富津(ふつつ)市の富津岬と神奈川県三浦市の観音崎とを結ぶ線より北の海域(内湾)を指すが,広義にはこの線以南の浦賀水道(外湾)を含む場合もある。湾には多摩川,隅田川,江戸川養老川,小櫃(おびつ)川,小糸川などの河川が流入し,河口に三角州を形成している。 湾奥部は近世以来,江戸の町づくりのための埋立てや江戸湊築造が行われ,他の沿岸部はアサクサノリや貝類の養殖を主とする内湾漁業の地であった。

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大辞林 第三版の解説

とうきょうわん【東京湾】

関東地方南部、房総半島と三浦半島に囲まれた海域。浦賀水道で太平洋に連なる。湾岸には千葉・東京・川崎・横浜などの大都市・貿易港・工業地帯が密集する。

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日本の地名がわかる事典の解説

〔東京都〕東京湾(とうきょうわん)


関東地方南部、三浦(みうら)半島と房総(ぼうそう)半島に抱かれた内湾。三浦半島の剱(つるぎ)崎と房総半島の洲(すの)崎を結ぶ線を湾口とし、浦賀(うらが)水道の奥に内湾が広がる。湾奥部は水深50m以内の浅海。湾岸に注ぐ各河川の河口には低湿地や三角州が広がっていたが、湾奥の江戸東郊は中近世に干拓・埋め立てが進行、残りの浅瀬の大部分も明治以降、戦後の高度経済成長期までに埋め立てられ工業用地化した。湾岸は首都圏の中枢部で、特定重要港湾の千葉港・東京港・川崎港・横浜港・横須賀(よこすか)港や重化学工場群が立地する。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

東京湾
とうきょうわん

関東地方南部、房総半島と三浦半島に囲まれた太平洋側の海湾。広義には房総半島西端の洲崎(すのさき)と三浦半島の剱崎(つるぎさき)を結ぶ線以北の水域、約1500平方キロメートルをいう。しかし、狭義には富津(ふっつ)岬と横須賀(よこすか)市の勝力崎(かつりきざき)を結ぶ線以北の内湾(ないわん)、約1100平方キロメートルの水域をいい、それ以南の浦賀水道は除かれる。湾岸のうち、西部は東京都と神奈川県に、東部は千葉県に属するが、首都東京を中心として工業が進展し、日本最大の京浜工業地帯を形成、湾岸は世界有数の貿易港地域となっている。また人口の集中も著しく、2000万人を超す過密地域となっている。[沢田 清]

地形

富津岬と横浜市の本牧(ほんもく)岬の中間は中ノ瀬(なかのせ)とよばれ、20メートルぐらいの水深であり、これ以北は水深40メートル以内で、海底地形も単純である。海岸は洪積台地のため、波食による侵食作用が強く働き、堆積(たいせき)の地形となり海岸線は滑らかである。水深5メートル以下は砂質で、とくに海岸線から沖合い1~2キロメートル、水深1~2メートルの浅海は、貝やノリの養殖地として好適な環境であった。水深5メートル以内は海底の砂を使って埋め立てることが容易であり、現在では、埋立てによる人工地形の海岸線に変化している。一方、富津岬、本牧岬以南は、水深が大きく、観音崎海底水道(古東京川)と東京海底谷とよぶ二つの海底谷があり、水深は40メートル以上で、久里浜(くりはま)沖で100メートル、さらに相模(さがみ)湾底の1000メートルまで続いている。この谷に合流する小さな沈水谷はリアス式海岸を形成し、第三紀層の地質と大きな川がないことから堆積作用は進まず、侵食の地形を示している。この自然の入り江が良港として早くから利用されたが、現在では埋立地の人工港のほうが活況を呈している。[沢田 清]

湾岸の産業

東京湾は約300年前に漁業地として開発されたが、明治初期ころから漁業は衰え、ノリと貝類の養殖地となり、沿岸は海水浴場となった。また、多摩・隅田・江戸・養老・小櫃(おびつ)・小糸川などの諸川の三角州は水田地帯、台地は畑作地帯であった。しかし、京浜工業地帯の成立で、西岸の農・漁業地帯や海水浴場は消滅し、さらに北東岸も1955年(昭和30)以後、京葉工業地域が形成され、鉄鋼、石油化学など素材工業の大規模な近代工場の立地によって、農・漁業地帯から工業地帯へと大きく転換した。西岸の川崎・横浜の臨海工業地域は、同じ素材工業を主としているが、東京および内陸部は組立ておよび消費財工業が発達している。横浜・東京港は輸出入とも多いのに対し、川崎・千葉港は原料の輸入を主とし、四港合計して日本の約3分の1の貿易額を占める。港湾の安全と湾岸の連絡、再開発のため、東京湾岸道路(延長約160キロメートル、首都高速湾岸線は開通)、東京湾横断道路(延長約15キロメートル)、湾口部横断道路(延長約10キロメートル)が計画中で、そのうち川崎―木更津間の東京湾横断道路(一般公募で名称は東京湾アクアラインとなった)は、1997年(平成9)に開通、川崎からの9.5キロメートルは海底トンネルである。[沢田 清]

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世界大百科事典内の東京湾の言及

【武蔵国】より

…この地域の開発のために,治水,利水の工事が行われた。東京湾に流れ込んでいた利根川を太平洋に入る常陸川に流す付替工事は,新田開発の目的からだけで行われたのではないが,この時期の大規模な治水,利水の工事であった。このころ荒川下流地域の治水・利水工事や新田開発を担当したのは関東郡代伊奈備前守である。…

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