翻訳|pulse
脈拍とは動脈拍動を意味し、心臓の収縮によって左心室から大動脈に急激に駆出された血液が動脈壁を拡張させることによって生じる。拡張された動脈壁はその弾性によって振動し、その波動が動脈系末梢(まっしょう)側へ順次伝播(でんぱ)し、脈拍として触知される。脈拍の伝播速度は1秒間に5~9メートルで、末梢に至るほど速くなる。脈拍の伝播速度がこのように高速であるため、脈拍は心臓の拍動とほとんど同時に触れることができる。また、脈拍はあくまでも動脈壁の振動であるため、その伝播速度は血流の速度(大動脈では毎秒約50センチメートル)より著しく大きい。このように脈拍は心臓の拍動によって生じるため、脈拍を触れてみることによって動脈壁の性状(動脈硬化の有無など)のほか、心拍動の状態、すなわち拍出力の強弱や規則性、大動脈への駆出状態などをもある程度推察することができる。
[真島英信]
実際の脈拍を触知するためには、触れやすい動脈、すなわち体表面近くを走行している動脈が用いられる。しかもその経路の深部に骨があって、圧迫に際して動脈を固定しやすい部位が選ばれる。一般には、橈骨(とうこつ)動脈、頸(けい)動脈、上腕動脈、大腿(だいたい)動脈、膝窩(しっか)動脈、足背動脈などがこれらの条件に適合している。とくに橈骨動脈(手首の親指側を走っている動脈)は手軽に触知できるため、古くからもっともよく用いられている。
[真島英信]
脈拍を触知することによって得られる情報は、(1)脈拍数、(2)リズム、(3)大きさ、(4)緊張度、(5)遅速、(6)血管壁の性状、などである。(1)脈拍数 脈拍数は1分間の数で表され、通常は心拍数と一致する。成人での脈拍数は毎分60~100の範囲にあるが、年齢、性別によって異なる。乳幼児での脈拍数は毎分130前後であるが、その後成長につれて減少する。老人では毎分50以下のこともある。また、睡眠時には減少するほか、基礎代謝や自律神経の緊張度の変化に伴って大きな範囲で変動する。一般に女子のほうが男子よりも脈拍数が多い。成人の場合、毎分100以上の脈拍を頻脈、毎分60以下の脈拍を徐脈という。健常者でも運動をしたり精神的に緊張したときには頻脈を生じる。また、発熱時にも脈拍数は増加する。通常、体温が1℃上昇するごとに脈拍数は毎分8~10増加するといわれている。運動選手、ことに長距離走者などでは、毎分40以下の著しい徐脈を示すことがあるが、この場合はかならずしも病的であるとはいえない。(2)リズム 正常の場合、心臓は一定のリズムで拍動しているため、脈拍も一定の時間的間隔をもって触知される。これを整脈という。これに反し、脈拍のリズムが不規則なものを不整脈という。また、心室性期外収縮のように、なんらかの原因で前の拍動の直後に単発的に心室が収縮すると、心室内にはまだ血液が充満していないため、この拍動によっては血液が拍出されず、したがって脈を触れないことがある。このような場合は、脈が1回抜けたように感じられ、これを結代(けったい)(結滞)という。こうした状態では、心拍数と脈拍数とは一致しない。(3)大きさ 脈拍の大きさとは動脈拍動の振幅を示すもので、収縮期動脈圧と拡張期動脈圧との差の表現といえる。脈拍の大きなものを大脈(だいみゃく)、小さなものを小脈という。(4)緊張度 緊張度とは、どの程度動脈を圧迫すると、末梢側で拍動が触れなくなるかによって判断される度合いをいう。緊張度は収縮期動脈圧の高さに対応し、緊張度の高いものを硬脈、低いものを軟脈という。(5)遅速 脈拍の遅速とは脈拍の振幅の変化する速さをいう。脈拍が急激に大きくなり、ついで急激に小さくなるものを速脈、ゆっくりと大きくなり、ゆっくりと小さくなるものを遅脈という。速脈の代表的なものは大動脈弁閉鎖不全症の際の脈拍で、遅脈の代表的なものは大動脈弁狭窄(きょうさく)症でみられる。(6)血管壁の性状 脈拍を触れる際には、拍動自体の性状を知る以外に、血管壁の性状をも知ることができる。動脈硬化のあるときは血管壁は硬く触れ、血管は蛇行する。
[真島英信]
単に脈ともいう。心臓の拍動によって大動脈起始部に生じた内圧変動による波動が動脈血管壁を伝わったもの。心臓が収縮すると動脈に血液が拍出され,動脈内壁にかかる圧(血圧)が上昇して,動脈の内径は拡大され,心臓の収縮が終わり拡張期に入ると,逆に圧が低下して,動脈内径は縮小する。この動脈の拍動に応じた大動脈の拍動が脈拍である。脈拍はこのような動脈壁の運動状態の表れであるため,血流の運動そのものを表すものではない。また,脈拍は大動脈起始部を離れるほど減衰し,毛細血管から静脈にかけて消失する。体表近くを通る頸動脈,橈骨(とうこつ)動脈,鎖骨下動脈などでは,体表からの触診で脈拍を感知することができる。脈拍は心臓の拍動をよく反映するところから,しばしば診断に用いられるが,とくに橈骨動脈の触診は昔から行われ,東洋医学では脈診は重要な診断法である。
→四診 →脈学
安静時の脈拍数は年齢によって異なる。新生児では毎分130~140であり,5~6歳の小児では100前後,成人では60~80となる。ただし,個人によって差があり,スポーツマンでは一回心拍出量は増大するが,脈拍数は逆に少なくなる。成人の場合,脈拍数が増加して毎分100を超した状態を頻脈という。脈拍の増加は,正常の場合でも,精神的興奮や不安,食事,疼痛,運動によってみられる。また発熱でも増加し,一般に体温が1℃上昇するごとに毎分10~20の割合で増加する。頻脈はこのような生理的原因以外では,心臓の刺激伝導系の障害による不整脈によっても起こり,150~200を超えることも珍しくない。一方,脈拍が少なくなり,成人で毎分50以下になるものを徐脈という。正常な場合でも,睡眠中には50以下になることがあるが,30以下になると,種々の障害を生じる。失神発作を起こすことがある。
病的な状態では,動脈瘤や動静脈瘻のある場所など,通常では脈が触れない場所で,拍動を手で触れて感じたり,目でみることができる。脈拍の異常には,上記の頻脈や徐脈のほか,次のようなものがある。心房細動や期外収縮が起こると,心拍数よりも脈拍数が少なくなったり(これを脈拍欠損という),脈拍の大きさや間隔が変化する。末梢の動脈で脈が触れなくなる疾患としては,このほか〈脈無病〉と呼ばれるものがある。これは報告者の高安右人の名を冠して高安病ともいい,動脈の狭窄や閉塞によって起こり,若い女性に好発する。一方,脈拍が交互に強くなったり弱くなったりするものを〈交互脈〉という。心囊に液体が貯留し,心臓が浮遊状態となって,振子運動が生じたり,心臓の収縮力が弱くなった場合にみられる。交互脈にはこのような機械的交互脈のほか,心電図上,1拍ごとの波高が高低する電気的交互脈も含まれる。
脈拍の性質は,以上のように臨床上の多くの情報を含んでいることから,診察の最も重要な項目の一つであるが,必要に応じては,脈波を記録して波形を解析する。
執筆者:細田 瑳一
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…刺激伝導系
【心臓の働き】
[心拍数]
心臓の周期的な拍動は胎生期から始まり,生涯を通じ日夜休むことなく持続する。この心臓の拍動を心拍heart beatといい,これによって起こる動脈の圧の変動を脈拍pulseという。通常,洞結節が心拍動の歩調とり(ペースメーカー)であり,その自動能は自律神経,体液性の因子の影響を受ける。…
※「脈拍」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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