自然選択ともいう。生物進化のしくみの中で,最も重要なものと考えられている過程。C.ダーウィンとA.R.ウォーレスが1858年に提出した進化論における進化要因論の中心をなす概念であり,現代進化学においても重要な地位を占める。
今日,この言葉はいくつかの意味に用いられている。その中で最も広義なものは,〈自然によって行われる〉淘汰という意味であり,人間によって(意図的に)行われる〈人為淘汰〉に対立するものである。もちろん,〈自然によって〉というのは比喩的な表現であるが,この表現には〈超自然(=神)によってではない〉という唯物論的な思想もこめられている。
この広義の自然淘汰をダーウィンは二つに分けて考えていた(1859)。その一方は彼のいう自然淘汰,つまり狭義の自然淘汰である。これは原理的には比較的単純な概念で,(1)生物は一生の間に多くの子(卵,種子)を生ずるが,(2)生活に必要な資源(主として食物,光,水)には限りがあるからその全部が生き残ることはできないし,(3)実際,各生物の個体数は相対的に安定しているのであるから,全部が生き残ってはいない,(4)一方,同種生物の個体間にはさまざまな個体変異が存在しているのであって,これらの事実からすると,同種個体が生き残る確率は個体間で同一ではないと推論できる,というものであって,この不平等な生残り(または死亡)の過程を彼は自然淘汰と呼んだのであった。
この個体変異の少なくとも一部が,遺伝的なものであることは明らかな事実であるということから,生物の進化を説明しようとしたのが進化要因論としての〈自然淘汰説〉である。一方,ダーウィンは,多くの動物に見られる雌雄二形(性的二形)を上記の狭義の自然淘汰のみで説明することはできないと考えて,つがい相手をめぐっての雄どうしの競合(今日では雌による特定の雄の選択のほうが重要視されているが)に基づく雄の授精確率の不平等性を推論して,この過程を雌雄淘汰(性淘汰)と呼んだ。雌雄二形の一部は,狭義の自然淘汰の結果として説明できることがその後明らかになって,一時は雌雄淘汰という概念は不必要だとされたこともあったが,今日では再びその必要性が認められている。
ダーウィンはその著書の中で,生存闘争(生存競争)struggle for existence,最適者生存survival of the fittestという言葉を自然淘汰とほとんど同じ意味で使った。これは不幸なことで,さまざまな誤解を生じた。自然淘汰は同種個体間のものであるが,これらの言葉は自然淘汰を同種個体同士の闘争(競争)と錯覚させることになり,一方ではホッブズの〈万人に対する万人の闘争〉という言葉を連想させたし,また一方では同種内での弱肉強食を考えさせた。実際には,前記のように定義される概念であるから,資源をめぐって,種内で取っ組み合いの争いがあるというものではない。
自然淘汰には,その結果から見ると三つの種類がある。第1は安定化淘汰と呼ばれるもので,さまざまな変異個体の中で〈多数派つまり標準タイプ〉の生存確率が高く,その結果,種の形質は変化せずに維持される。自然界ではこれが最もふつうなのであろう。第2は方向性淘汰と呼ばれるもので,変異個体の中で一部の〈少数派つまり標準からはずれたタイプ〉の生存確率が高く,その結果〈少数派〉がいつか〈多数派〉になり,種の形質は変化していく。これが進化のしくみとなるわけである。第3は分断化淘汰と呼ばれるもので,いくつかの〈少数派〉の生存確率が高く,その結果,種の形質は多型化していく(例えば暗色型と淡色型というように)。
自然淘汰は個体間のものであるから,そのままでは,自己の生存確率を下げるような形質(とくに他個体の生存確率を高める利他的行動)を発展させることはできない。そこで現実に見られる利他的行動の進化を説明するために二つの概念が提案されてきた。一つは血縁淘汰(近親淘汰),もう一つは群淘汰である。後者は,個体ではなく群れ(小集団)を単位として,群れ間の生存確率の差によって起こる淘汰である。これについては原理的に否定されてはいないが,現実の場合は個体単位の淘汰ですべて説明できるとされている。
自然淘汰について大きな問題は,この過程ではある種が別種に〈なる〉ことは説明できるが,ある種から別種が〈分かれる〉ことは説明できないことである。ダーウィンの自然淘汰説はこの点があいまいであった。今日の進化学では地理的隔離(一部の生物では遺伝的隔離)と自然淘汰とを組み合わせて種分化を説明している。
なお,こうして形成された複数の種の間での生存確率(絶滅確率)の差から生ずる〈種淘汰〉なる概念が,大進化を考えるうえで提案されている。これも広義の自然淘汰の一つといえよう。
執筆者:浦本 昌紀
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(垂水雄二 科学ジャーナリスト / 2007年)
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…C.ダーウィンによる進化論の古典的著作(1859)。正しくは《自然淘汰の方途による種の起原On the Origin of Species by Means of Natural Selection》と呼ばれるように,その内容は進化の要因が主に自然による淘汰にあるとする。当時までに,G.L.L.deビュフォン,E.ダーウィン,J.ラマルクらによって進化思想が述べられてはいたが,明確な要因については想定されていなかった。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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