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船岡山 ふなおかやま

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

船岡山
ふなおかやま

京都市北区の南部にある小丘陵。地名は船を伏せたような形からきている。 1968年史跡に指定。北大路の南,千本通の東に位置。標高 112m。平安時代の貴族の行楽地。応仁の乱では西軍の拠点となった。

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デジタル大辞泉の解説

ふなおか‐やま〔ふなをか‐〕【船岡山】

京都市北区にある小丘陵。標高112メートルで、船を伏せた形をしている。平安時代は貴族の行楽地、のち火葬場・刑場。また戦略上の要地とされ、応仁の乱の西軍の拠点となった。織田信長をまつる建勲(けんくん)神社がある。船岡。

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世界大百科事典 第2版の解説

ふなおかやま【船岡山】

京都市北区紫野にある山。標高112mの古生層からなる孤立丘陵で,《都名所図会》など近世の地誌類によれば,山名は形状が舟に似ることによるという。平安京の中央を南北に貫く朱雀大路の北方延長線上にあり,平安京の都市計画で基点になった山と考えられている。四神のうち北をつかさどる玄武になぞらえられたこの山は,《枕草子》に〈岡は船岡〉と記され,平安貴族の遊楽の地であるとともに修法・葬送の地でもあった。985年(寛和1)の円融院の遊宴はよく知られ(《今昔物語集》),〈舟岡に若菜摘みつつ君がため子日(ねのひ)の松の千代を送らむ〉(《元輔集》)など多くの歌に詠まれた歌枕でもある。

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大辞林 第三版の解説

ふなおかやま【船岡山】

京都市北区にある孤立丘。平安時代、貴族の行楽地、のち火葬場、さらに戦略上の要地となる。織田信長をまつる建勲神社がある。船岡。⦅歌枕⦆ 「人はみな-をとまりにぞする/山家

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国指定史跡ガイドの解説

ふなおかやま【船岡山】


京都府京都市北区紫野北舟町にある丘陵。大徳寺周辺一帯の紫野に位置する、標高112m、東西200m、南北100mにわたる丘陵で、地形が船の形に似ていることから、古来、船岡と呼ばれてきた。平安京造営の際には北の基点となり、山の真南に大極殿が建てられて都の中心軸として朱雀大路(すざくおおじ)が造られたという。平安時代の王侯貴族からは散策の地として愛され、若菜摘()みやわらび採りに興じる清遊の地として多くの和歌が残されており、清少納言も『枕草子』に「岡は船岡……」と讃えている。平安時代中期以降は付近一帯が葬送の地となったようで、山腹に石仏が散在するのはその名残ではないかといわれる。中世になると戦略上の要所としてこの山に山城が築かれ、応仁の乱では西軍がこの山を陣地としたため、その後、船岡山周辺一帯を「西陣」と呼ぶようになった。中腹に300mにわたって現存する空堀は、中世の山城の痕跡である。山の南東部分にある建勲(たけいさお)神社の祭神は織田信長で、そもそも本能寺の変の後に豊臣秀吉が正親町(おおぎまち)天皇の勅許を受け、船岡山を主君である織田信長の廟堂と定めていた。このことから自然がそのまま残され、京都盆地特有の樹相がよく保たれて樹種もきわめて多く、帰化植物がほとんど入りこんでいない京都市内でも数少ない貴重な森になっている。1968年(昭和43)に国の史跡に指定され、北西部分は船岡山公園として開設されて市民の憩いの場となっている。JR東海道新幹線ほか京都駅から市バス「千本北大路」下車、徒歩約4分。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

船岡山
ふなおかやま

京都市北区の南部にある山。国指定史跡。標高112メートルの小丘陵で、その名の示すように船を伏せたような山容である。平安時代都人の遊宴の地であり、また葬送の地でもあった。応仁(おうにん)の乱(1467~1477)の際には西軍の山名宗全(やまなそうぜん)の砦(とりで)に用いられた。山上からは市街を眺望でき、北西部は市民公園となり、1880年(明治13)織田信長を祀(まつ)る建勲(けんくん)神社が置かれた。[織田武雄]

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世界大百科事典内の船岡山の言及

【火葬】より

…また疫病の流行や飢饉に際して,河原や荒野に遺棄された死体を念仏僧などが火葬にする風があった。この時期,京都では鳥辺山,船岡山などが民間の火葬地として知られていた。また平安時代中期以降,遺骨を寺域に移す風がおこり,三昧堂,廟堂などが建てられ,さらに火葬骨を納めた五輪塔など石造墓塔が立てられ,後世の寺墓のおこりもみられるようになった。…

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