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草履 ぞうり

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

草履
ぞうり

鼻緒はきもの類の一種。稲わら,竹皮,い草,布切れ,皮革などを材料としてつくる。鼻緒と台部の構造によって,芯緒草履とすげ緒草履に分けられる。芯緒草履は台部の芯緒を利用して鼻緒をたてるもので,これには鼻緒を結ぶ結緒 (むすびお) 草履と,結ばずに芯緒を台裏にない込む綯込 (ないこみ) 草履とがあり,その台部の長さから足半 (あしなか) 草履,長草履などの種類がある。すげ緒草履は芯緒を利用せず,別個の資材を台部にすげて鼻緒とするもので,これには台部の構造から裏無草履,麻裏草履,ゴム裏草履,板裏草履雪駄重ね草履,表打ち草履などの種類がある。

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デジタル大辞泉の解説

じょう‐り〔ジヤウ‐〕【草履】

ぞうり(草履)」に同じ。〈日葡

ぞう‐り〔ザウ‐〕【草履】

歯がなく、底が平らで、鼻緒をすげてある履物。わら・藺草(いぐさ)・竹皮などを編んだものや、ビニールコルク・ゴムなどで作ったものがある。

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百科事典マイペディアの解説

草履【ぞうり】

履物(はきもの)の一種。古くはわら,イグサ,竹の皮などで編み,横掛けの緒をすげたが,平安以後,下々(げげ),尻切(しきれ),足半(あしなか)など種々の形式が発達し,前壺ができて現在の形となった。

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世界大百科事典 第2版の解説

ぞうり【草履】

わらなどで編んだ台に鼻緒をすげたはきもの。わらは弾力があって編みやすく,保温力もあり軽いので多く使われたが,山村部や畑作地帯ではわらが乏しかったので,ミョウガフジ(藤)づる,ハマスゲ,ガマ(蒲),竹皮,トウモロコシの皮,道芝,布切れなども使われ,沖縄などではアダンビロウビンロウ(檳榔)樹の葉がもっぱら用いられた。中国古代ではわらや草でつくったはきものを〈草履〉と記しているが,形はくつであり,わらぐつ(草鞋)として日本に伝わった。

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大辞林 第三版の解説

じょうり【草履】

ぞうり。 〔日葡〕

ぞうり【草履】

鼻緒のついた平底の履物。藁わら・藺・竹皮などを編んだもの、ビニール・ゴム製などのものがある。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

草履
ぞうり

履き物の一種。男女が用いるもので、その材料となるものは、古くは檳榔樹(びんろうじゅ)、藺(い)、竹の皮、稲藁(いねわら)などの葉や茎を用いてつくり、底が平らなのが特色である。その構造は、足をのせる台部と、脱げないように指先や甲の部分を密着させるための鼻緒とがある。鼻緒のすげ方により、芯緒(しんお)草履と菅緒(すげお)草履とがある。芯緒草履は、草履の台部を構成する芯緒を引き出して、横緒にかけて鼻緒をつくりあげる方法で、これに鼻緒に結び目をつくる結緒(むすびお)草履、台裏に組み込ませる組み込み草履がある。結緒草履は鼻緒の結び方によって「つのむすび」「はなむすび」「とんぼむすび」などという。台が普通の長さより短いのを足半(あしなか)(足中)といい、それに対して普通の長さのものを長草履ともよんでいる。[遠藤 武]

歴史

草履という名称は、中国の史書『後漢(ごかん)書』にみえるところから、中国からの伝来品であることが知られ、平安時代には、浄履(じょうり)として僧侶(そうりょ)の間で用いられていたことが『貞観格式(じょうがんきゃくしき)』によって知られる。草履の一種に無裏(うらなし)というものがあったが、これは指で挟んで履くものではなく、つまさきを入れて履いたのである。無裏は、初め檳榔樹の葉でつくったが、のちに野生の藺草の芯(しん)を抜いて茎でつくったものになり、さらに藁とかわっていった。緒太(おぶと)というのも草履の一種で、つまさきを入れて履く草履で、公家(くげ)たちが堂上で襪(しとうず)を履いた際に用いた。長方形の形をした、じょうぶな履き物が金剛草履である。下々(げげ)というのは藁や藺でつくった安物の草履をいい、月卿(げっけい)、雲客、諸大夫たちが履くものが尻切(しりきれ)草履である。
 これらの草履類は、平安時代初期から室町時代まで広く用いられたが、武家の間に戦乱が続くようになって、半物草(はんものぐさ)といわれる足半にかわった。機動力を必要とする武士の間にあって、草鞋(わらじ)は便利ではあるが、石、砂などの雑物が履き物の間に入って足を痛めるところから、草履の半分で足によくなじむ足半の利用となった。『春日権現霊験記(かすがごんげんれいげんき)』のなかに、足半を履いている姿がみられるが、これが最古の例といえよう。織田信長(のぶなが)は、足半を履いている武士には謁見を許すなど、足半を武士の身だしなみとしている。
 農村の生活にあっては、自給自足の生活であったから、自分で手近な材料で草履をつくったので、彼らの履き物は藁草履であった。しかし、藁は湿地に弱いところから、都会では藁にかえて竹の皮を利用することとなる。ここに重ね草履というものがおこり、さらに藁にかえて、底に麻糸を利用した麻裏(あさうら)草履へと発展していった。竹皮草履の上等なものは上方(かみがた)とくに京都でつくられ、京草履として履き物界をリードした。どんなに道が悪くても、履き物として草履は軽快であり、ちょっとした湿地にも適したのが重ね草履である。
 江戸時代中期になると、しだいに底を重ねる重ね草履が流行し、廓(くるわ)では廊下を駆けても音が響かない福草履という底の厚いものが用いられた。江戸末期から男性の草履には、草履の周囲に革やビロードを張った中貫(なかぬき)草履が用いられ、これに太くて真っ黒な鼻緒の八幡黒(やわたぐろ)が大流行した。また元禄(げんろく)時代(1688~1704)以来、草履の底に革を張り、それに鋲(びょう)打ちをして、その音とじょうぶさを誇る雪駄(せった)(雪踏)の流行もなかなかのものであった。
 明治時代には日清(にっしん)戦争後に東京の袋物屋の職人伊藤仙之助が、袋物の材料のパナマを使って空気草履を考案し、これが明治末年まで流行した。表地は裂地(きれじ)を用い、とくに1903、04年(明治36、37)ごろになると、刺しゅうをしたものまでができた。空気草履を履く世の中となっても、まだはだしで歩く者が多かったところから、警視庁から1901年に跣足(せんそく)禁止令が出された。はだしの多くは車夫、馬丁、車力や職工などの労働者たちであったが、この禁止令とともに、朴(ほお)の板を二つ折りにして藁表をつけた板裏草履ができた。しかし、二つ折りでは足のかえしが不便なところから、八つ板の板裏となり、通常八つ折草履といわれ、少しくらいの雨でも履けるものがつくられ、昭和初頭まで広く用いられた。大正になると耐水、強力、耐久性のあるゴム裏草履ができ、さらにコルクやフェルトを利用したものが、都会の人たちに人気を博した。1930、31年(昭和5、6)ごろに服装と履き物との調和が問題となり、流行を追う女性の間では、竹皮表、籐(とう)表に、フェルトやゴム底を張ったものが飽きられて、裂地草履の利用が急速に高まった。裂地にはビロードの柄物(がらもの)、無地物、そのほか帯地類が用いられた。また服飾界の変転に伴って、シューズ履きも登場した。これに加えて、寒い冬期用の草履として、爪付(つまつき)草履ができ、これは防寒草履として金持ち婦人たちに用いられたが、多くは輸出されたものである。
 服装が和服から洋装へと大きな動きを庶民に与えたのは、関東大震災(1923)に始まり、1931年の東京・日本橋白木屋(後、東急百貨店日本橋店。1999年1月閉店)の真昼の大火である。これを一つの境として洋装化が進み、和服着用が少なくなり、草履にかわってモード履きという、木材を主としたサンダル的履き物が流行した。鼻緒のかわりに革、ゴムなどの調帯(ちょうたい)(ベルト)をしたものが、大阪の草履業界から発売され、意外な人気をよんだ。時代の要求に適した履き物であったが、第二次世界大戦を境に洋装の普及に伴い、草履の運命は違った方向に進みつつある。[遠藤 武]

種類とTPO

草履は礼装、正装など、和装に欠くことのできない履き物である。女物の草履には布製、皮製、ビニル製などがあり、夏用としてパナマ製がある。布製には、花嫁衣装用に金襴(きんらん)、銀襴、唐織(からおり)など、礼装や正装用に佐賀錦(にしき)、糸錦、綴錦(つづれにしき)、金・銀のラメ入り織物、喪服用には黒無地のものがある。皮製は色無地、ぼかし、ろう染め、色無地の台に異なった配色の鼻緒のついたものなど、各種各様である。とかげ、わに、蛇などの皮草履は趣味用、おしゃれ用に用いる。ビニル製のものは皮製に準じて用いる。草履には、かかとの高い腰高のものと腰の低いものとがあるが、一般に腰高のものは若い人、また式服に用い、普通には低めのものを用いる。草履は、履いてかかとが1.5センチメートルくらい出るのがよい。足より草履が長かったり短かったりするのは、履きにくいし、やぼにもみえる。幅も足幅にあわせて、草履の台が隠れる程度がよい。草履は、長着に対する帯と帯揚、帯締などの和装小物と同様に、調和のとれた素材、配色を考えてそろえる。男子は礼装に畳表付き、白の鼻緒の草履を履く。[藤本やす]
『喜田川守貞著『類聚近世風俗志』(1934・更生閣) ▽今西卯蔵著『はきもの変遷史』(1950・同書刊行会) ▽宮本勢助著『民間服飾誌 履物編』(1933・雄山閣) ▽平出鏗二郎著『東京風俗志 中巻』(1959・冨山房)』

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