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西文氏 カワチノフミウジ

百科事典マイペディアの解説

西文氏【かわちのふみうじ】

古代の渡来系氏族。書(ふみ)とも書く。(かばね)は初め首(おびと)。王仁(わに)を始祖とする文筆専門の氏族で,最盛期は5世紀ごろ。河内(かわち)南部,現大阪府羽曳野(はびきの)市古市地方を本拠とし,西琳(さいりん)寺は氏寺。壬申の乱大海人皇子方の功臣で,奈良県宇陀郡で墓誌が出土した文首禰麻呂(ねまろ)は一族。→東漢(やまとのあや)氏

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大辞林 第三版の解説

かわちのふみうじ【西文氏】

古代の中国系の有力渡来氏族。王仁わにの子孫と伝えられ、河内国古市郡古市郷に居住。東漢氏やまとのあやうじとともに東西史やまとかわちのふびととして、文筆を専門に朝廷に仕えた。

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世界大百科事典内の西文氏の言及

【王辰爾】より

…同じころに弟の牛も津史,甥の胆津(いつ)も白猪屯倉(しらいのみやけ)の功により白猪史となっているから,彼らは渡来して間もない帰化人だったのであろう。この一族はみな河内国丹比郡に住み,船氏の居地は同郡野中郷(大阪府羽曳野市野々上付近)で,王仁(わに)の子孫である西文(かわちのふみ)氏の居地ときわめて近接していた。はるか下った790年(延暦9)の百済王仁貞らの上表文では,辰爾らの祖は百済の貴須王で,その孫の辰孫王が応神朝に渡来したという西文氏と酷似した系譜を述べており,《新撰姓氏録》もそれに従っているが,それほど古い帰化人かどうかは疑わしい。…

【王仁】より

…帰化系氏族の西文(河内書)(かわちのふみ)氏の祖と伝える人物。《日本書紀》によると,応神天皇のときに百済王が阿直岐(あちき)という者を遣わして良馬2匹を献上したが,阿直岐がよく経典を読んだので,汝に勝る博士がいるかと問うと,王仁という者がいると答えた。…

※「西文氏」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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