刑事訴訟において一方の当事者が、相手方当事者に対して、手持ち証拠を閲覧させることをいう。刑事訴訟法第40条は、公訴の提起後、弁護人は、裁判所において、訴訟に関する書類および証拠物を閲覧し、かつ謄写することができると規定している。しかし、いわゆる起訴状一本主義の原則から、裁判所に事前に証拠が提出されることはないので、裁判所において証拠の内容を事前に知ることはできない。そこで、とくに弁護人に対する検察官の手持ち証拠の開示が問題となる。
[田口守一 2018年4月18日]
当事者が証拠調べを請求するにあたっては、あらかじめ相手方にこれを閲覧する機会を与えなければならない(刑事訴訟法299条1項)。しかし、証拠調べを請求する意思のない証拠は、これによっては開示されない。そこで、判例は、「裁判所は、証拠調べの段階に入った後、弁護人から、具体的必要性を示して、一定の証拠を弁護人に閲覧させるよう検察官に命ぜられたい旨の申出がなされた場合、事案の性質、審理の状況、閲覧を求める証拠の種類及び内容、閲覧の時期、程度及び方法、その他諸般の事情を勘案し、その閲覧が被告人の防禦(ぼうぎょ)のため特に重要であり、かつこれにより罪証隠滅、証人威迫等の弊害を招来するおそれがなく、相当と認めるときは、その訴訟指揮権に基づき、検察官に対し、その所持する証拠を弁護人に閲覧させることを命ずることができる」(昭和44年4月25日最高裁判所第二小法廷決定)とした。これによって、一定範囲の証拠開示がなされるようになったが、開示の時期、範囲は限定されたものであった。
[内田一郎・田口守一 2018年4月18日]
2004年(平成16)の刑事訴訟法改正により導入された公判前整理手続により、証拠開示の範囲が飛躍的に拡大された。裁判所は、充実した公判の審理を継続的、計画的かつ迅速に行うために必要があると認めるときは、検察官、被告人もしくは弁護人の請求によりまたは職権で、第1回公判期日前に、事件の争点および証拠を整理するための公判準備として、事件を公判前整理手続に付する決定をすることができる(刑事訴訟法316条の2)。事件の争点および証拠を整理するためには、事前の証拠開示が不可欠であることから、公判前整理手続における証拠開示の制度が新たに整備された。
新たに整備された証拠開示制度は、3段階にわたっている。(1)検察官は、取調べを請求した証拠(検察官請求証拠)については、速やかに、被告人または弁護人に証拠開示をしなければならない(同法316条の14)。これを請求証拠の開示とよぶ。検察官から請求証拠の開示を受けた被告人または弁護人が、さらに証拠開示を請求するかどうかを判断するためには、検察官が手持ち証拠の全体を把握する必要がある。そこで、2016年の刑事訴訟法改正により、請求証拠の開示をした後、被告人または弁護人の請求があるときは、検察官は、速やかに、被告人または弁護人に対し検察官が保管する証拠の一覧表(実務上、証拠リストともよばれる)の交付をしなければならないものとされた。(2)検察官は、(1)で開示した以外の証拠であって、法律が掲げる類型のいずれかに該当し、かつ、特定の検察官請求証拠の証明力を判断するために重要であると認められる証拠について、被告人または弁護人からの開示請求があった場合、被告人の防御の準備のために開示の必要性の程度と開示による弊害の内容・程度を考慮し、相当と認めるときは、速やかに開示する(同法316条の15)。これを類型証拠の開示とよぶ。法律が掲げる類型証拠は9種類あるが、そのなかには、検察官が証人尋問を請求した者の供述録取書等(同法316条の15第5号イ)も含まれ、さらに、身体の拘束を受けている者の取調べに関し、その年月日、時間、場所その他の取調べ状況を記録したものも開示対象とされるが、2016年の刑事訴訟法改正により、そこには被告人のみならず共犯者の取調べ状況の記録書面も含まれることとなり(同法316条の15第8号)、従来証拠開示をめぐって紛議のあった証拠の多くが開示対象に含まれることとなった。さらに、(3)検察官は、被告人側が争点を明示した場合に、争点に関連すると認められるものについて、被告人側から請求があったときは、その関連性の程度、被告人の防御にとっての必要性の程度、開示に伴う弊害の内容程度を考慮し、相当と認めるときは、速やかに証拠開示をする(同法316条の20)。これを争点関連証拠の開示とよぶ。
以上の証拠開示手続について調整が必要となった場合における裁判所の裁定には、3種類のものがある。第一は、証拠開示の時期、方法あるいは開示の条件に関する裁定であり(同法316条の25)、第二は、証拠開示命令である(同法316条の26)。そして、第三として、以上の裁定にとって必要な場合における証拠提示命令(同法316条の27第1項)および証拠の標目を記載した一覧表の提示命令(同法316条の27第2項)がある。なお、証拠開示制度の拡充に伴って、証拠開示実務の適正に関する規定も整備された。弁護人は、開示された証拠は適正に管理し、みだりにその保管を他人にゆだねてはならず(同法281条の3)、また、被告人もしくは弁護人は、開示された証拠を開示された目的以外の目的で使用することも禁止されている(同法281条の4第1項)。
[田口守一 2018年4月18日]
訴訟当事者が,収集した証拠を相手方当事者に閲覧させること。刑事訴訟では,実際上,強大な組織と強制的権限をもつ検察官側に証拠が集中するので,証拠開示を求めるのは,ほとんどが被告人・弁護人である。弁護人は,公訴の提起後は,裁判所において証拠を閲覧することができるが(刑事訴訟法40条),旧法と異なり,現行法は起訴状一本主義をとっているので公判期日前には裁判所には見るべき証拠はなく,検察官に証拠開示を求めるほかない。これについて,刑事訴訟法299条は,証人尋問を請求するときは,あらかじめ相手方にその氏名および住居を知る機会を,証拠書類・証拠物の取調べを請求するときは,あらかじめ相手方にこれを閲覧する機会を,それぞれ与えなければならないものとして,不意打ちを防止するとともに,反証・反対尋問を有効に行うため事前に準備できるようにした。実務の運用でも,検察官は,多くの場合,弁護人の閲覧の請求に応じている。しかし,事実認定の争いが激しい事件,労働公安事件などでは,検察官は,取調べを請求しない証拠については閲覧させる義務はないとして,証拠を開示しないことがある。現行法にはこの点に関する特段の規定はない。公判が紛糾するのはこのような場合である。
検察官の主張は,事前に相手方の手持証拠をすべて閲覧できるとするのは,それぞれ独自の立場から攻撃・防御を行うこととした当事者訴訟の構造に合致しないとの理解に基づいている。一方,弁護人からは,このような発想は被告人の現実の立場を無視した形式論であるとして,裁判所が検察官に対し証拠開示の命令をするよう申立てがなされる事例があらわれる。最高裁判所は,当初は証拠開示命令には消極的であったものの,1969年の判例で,裁判所がその訴訟指揮権に基づいて検察官に一定の範囲で証拠開示を命ずることを是認するに至った。この判例以降,証人の主尋問後,反対尋問前に,検察官が検察官面前調書を開示することは実務上ほぼ定着したが,開示の範囲,時期等について,現在なお争われることもある。立法論的解決の道を含めて検討の余地はいぜん大きい。
民事訴訟では,証拠開示は文書提出義務(民事訴訟法220条)の有無の形で争われることが多い。弁論に先立って相手方の持つ証拠資料に接しうる権限は,一般的には認められていない。
執筆者:長沼 範良
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…アメリカでは,法律と事実認定に素人の市民で構成される陪審で裁判をするのが原則であるために長期の審理が不可能である。そこで,トライアルtrial(正式審理)では集中審理,直接主義,口頭主義が貫徹され,これを可能とするために,ディスカバリーdiscovery(トライアルの前に相手方や第三者から証拠等の情報を得る制度)やプリトライアル・コンファレンスpre‐trial conference(正式審理準備手続のための会合)等,トライアル準備の制度が設けられている。また,西ドイツでは,訴訟促進のために〈簡素化法〉を制定(1977施行)した。…
…一般には,これまで知られていなかったものが,初めて知られるようになることで,英語のdiscover,フランス語のdecouvre,ドイツ語のentdeckenなどがすべてそうであるように,〈覆いを取り除く〉という行為がかかわる,という了解がある。これは,自然にある事実や法則は本来〈客観的〉に実在し,それがこれまで知られていなかったのは,単にそれを人の目から覆い隠していた覆いをだれも取り除かなかったからだ,という考え方に基づいているといえる。…
※「証拠開示」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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