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譚嗣同 たんしどう Tan Si-tong

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

譚嗣同
たんしどう
Tan Si-tong

[生]同治4(1865)
[没]光緒24(1898)
中国,清末の思想家。湖南省劉陽 (りゅうよう) の人。字は復生。号は壮飛。初め科挙を志したが,日清戦争を契機として西欧思潮に接して古い学問を捨て,康有為梁啓超らの説く変法自強の主張に共鳴。

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デジタル大辞泉の解説

たん‐しどう【譚嗣同】

[1865~1898]中国、末の思想家。瀏陽(りゅうよう)(湖南省)の人。字(あざな)は復生。康有為の変法論に共鳴して政治改革を主張。戊戌(ぼじゅつ)の政変に参加したが、保守派のクーデターで捕らえられて刑死。

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百科事典マイペディアの解説

譚嗣同【たんしどう】

中国,清末の啓蒙思想家。字は復生,号は壮飛。湖南省の人。少年のころから豪放な性格で,侠気と武術を好んだと言われる。読書を通じて外国事情を知り,日清戦争の敗北に発奮,康有為などの変法運動に共鳴し,強学会・南学会に属して湖南で運動を鼓吹した。
→関連項目王夫之公羊学仁学

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世界大百科事典 第2版の解説

たんしどう【譚嗣同 Tán Sì tóng】

1865‐98
中国,清末の変法思想家。字は復生,号は壮飛。湖南省瀏陽県の人。少年のころから豪放な性格で俠気と武術を好んだ。いっぽう広く読書して学問に励んだ。とくに同郷の王夫之(船山)を慕った。さらに当時翻訳されていた外国書をも読んで外国事情にも通じていた。30歳の1894年(光緒20),日清戦争の敗北に感憤し,範を西洋に求めて変法を行う以外に中国回生の道はないと自覚した。そこで翌年夏,康有為らが強学会を創設したと聞き,北京に出て彼らの変法運動に参加した。

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大辞林 第三版の解説

たんしどう【譚嗣同】

1865~1898) 中国、清末の思想家・政治家。康有為の変法自強運動に共鳴、戊戌ぼじゆつの政変に参加したが、捕らえられて処刑された。著「仁学」

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

譚嗣同
たんしどう
(1865―1898)

中国、清(しん)末の思想家。字(あざな)は復生、号は壮飛。湖南省瀏陽(りゅうよう)の高級官僚の家に生まれ、若くして秘密結社大刀会と接触し、任侠(にんきょう)王正誼(せいぎ)(1844―1900)に武術を習った。思想的には『墨子(ぼくし)』に傾倒し、明(みん)末清初の黄宗羲(こうそうぎ)、王夫之(おうふうし)の著作からも強い影響を受けた。変法運動に際しては、湖南省における運動の中心人物として精力的に活動する一方、康有為(こうゆうい)よりいっそう急進的な変法論を展開し、ある意味では革命主義に著しく接近している。主著『仁学(じんがく)』(1896)は、『墨子』、仏教および西洋の科学、政治思想などによって、儒教の道を時代にふさわしくよみがえらせようとしたもので、行動によってあらゆる抑圧、不平等を打破し、自由競争によって社会的生産力を高度に発展させようとする実践性を備えていた。戊戌(ぼじゅつ)政変クーデターで変法運動が失敗し、康有為、梁啓超(りょうけいちょう)らが亡命したとき、彼が逃亡を拒否して進んで処刑されたのは、そのような思想の実践性と関係があると考えられる。[伊東昭雄]
『西順蔵編『原典中国近代思想史2』(1977・岩波書店) ▽近藤邦康著『中国近代思想史研究』(1981・勁草書房) ▽高田淳著『中国の近代と儒教』(紀伊國屋新書)』

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世界大百科事典内の譚嗣同の言及

【大同思想】より

…彼の主著《大同書》には,このような世界改革のプランと道程が示されている。彼の大同思想は,私淑の弟子譚嗣同(たんしどう)の《仁学》にうけつがれているが,一方その反対派である孫文の三民主義や蔡元培の社会思想にも,大同思想が見られ,さらに,現代の毛沢東の思想にさえも,かすかながらその影響を見ることができる。【坂出 祥伸】。…

【李賀】より

…後世への影響もかなり大きく,なかでも晩唐の詩人李商隠はその作品および人物に対してひかれるところが多く,みごとな詩人伝〈李賀小伝〉を書いた。近代では,清末のロマンティックな革命家譚嗣同,そして魯迅,毛沢東らが李賀にひかれた人々であった。《李賀歌詩編》4巻が伝わる。…

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