日本大百科全書(ニッポニカ) 「農家経済」の意味・わかりやすい解説
農家経済
のうかけいざい
農家世帯における所得・消費経済の状態をいう。一般に世帯とよばれる経済単位には、かならず所得経済面と消費経済面との二面がある。つまり、世帯における経済主体の行為には、所得行為と消費行為とがあり、所得行為は賃労働、財産利用、営業に分けられ、さらに営業は具体的には製造業、商業、農林漁業といった形態をとっている。そういう意味でいえば、農家は、所得経済面にあっては家業である農業を営むことによって所得をあげている経済単位であるといえる。しかしながら一方で、賃労働や財産利用によっても所得を得ているのが農家の実態でもある。したがって、全体としての農家の経済状態なり再生産の構造を理解する必要があり、農家経済は、いわばそういう全体としてみた農家の所得経済、消費経済の態様をなすものであるといえよう。
この農家経済の目標とするところは、所得経済面では、この所得をできるだけ多く獲得することであり、消費経済面では、家族の欲望をできるだけ多く満足させることである。そのためには、一定の家族員から湧出(ゆうしゅつ)する労働用役および一定の財産から湧出する財産用役を、所得経済面の各部門および消費経済面に合理的に配分しなければならない。
[小池恒男]
農家経済の特色
農家経済および農家経済の目標を以上のようにとらえるとき、農家経済の第一の特色は、経営(生産経済)と家計(消費経済)とが未分離の形で営まれているところにあり、またその経営(生産経済)がほかでもなく農業を対象とするがゆえに、農家経済もまた農業のもつ特殊性に強く規定される、というところに第二の特色があるといえよう。同時に、農家経済が、生産要素および生産物について、庭先価格と購入価格の間に格差があるという条件のもとで、「所有生産要素内給の利益」「生産物家計仕向の利益」「生産物経営内部仕向の利益」「固定資産用役補合的利用の利益」という四つの利益を追求している点は注目しておく必要がある。
[小池恒男]
農家経済の仕組み
次に、農家経済の仕組みを実態に即してみてみよう。もちろん、農家経済は経営規模の大小、経営組織の違い、兼業従事の多少等々によって大きく異なり、これをひと口に論ずることはほとんど不可能に近い。ここではいちおう、現在の日本のほぼ平均的な兼業農家を想定して、その経済の仕組みについてみておくことにしたい。
農家は、耕地をはじめとするその他の土地、建物、農機具、家畜、植物などの資産と家族労働とを基礎にして年々の生産を行う。そのためには、物財費や機械・建物などの減価償却費、土地にかかる租税、公課、さらには雇用労働に支払われる労賃、小作料等々の経営費が支出される。そしてこの生産の結果、生産物の売上高である農業粗収益を得る。この農業粗収益から経営費を差し引いたものが農業所得である。これは主として自家労働に対する報酬であると考えていいが、厳密には自作地地代、自己資本利子を含む混合所得とみるべきである。
ところで農家は、家族労働のすべてを農業経営に振り向けるのではなく、その一部は外部の賃労働や内部の他種の営業に振り向ける。同様に、資産も農業経営にすべて用いるわけではなく、外部経済や他種の営業に向けられる。その結果、賃金収入、各種自営業からの所得、地代・家賃・利子などの財産収入を内容とする農外収入を得る。これにはもちろん費用の支出を伴うが、農外収入からこの支出を差し引いたものが農外所得である。このようにして得られた農業所得と農外所得の合計が農家所得である。この農家所得から租税公課諸負担を差し引き、出稼ぎ・被贈扶助などの収入を加えたものが可処分所得である。そしてこの可処分所得から家計費を差し引いた残りが農家経済余剰である。
[小池恒男]
農家経済の現況
日本の農家経済は、高度経済成長の過程で著しい変貌(へんぼう)を遂げた。たとえば、その消費水準についてみると、農家の世帯員1人当り家計費(全国平均)は、1960年(昭和35)には全国の勤労者世帯の76%という水準にあった。しかし、その関係はすでに1972年に逆転し、1984年には114%になり、1998年(平成10)では113%となっている。同時に、農業依存度(農業所得の農家所得に占める割合)は、1960年の55%から1984年に20%、1998年には14%に低下し、一方で農家所得に占める農外所得の割合は1960年の45%から1984年に80%、1998年には81%へと上昇している。そしてこれに伴って、農業所得による家計費充足率は1960年の61%から1984年に23%、1998年には24%と低下してしまっている。第二次世界大戦後農地改革によって創出された日本の自作農は、零細規模という厳然たる条件のもとで、もともと農業所得だけで家計をまかなえる保証のないままスタートしたといえるが、しかも家計費の増加が農業所得の増加を上回るというような状況が、いわば一般的でさえあった高度経済成長過程のもとで、急速にその農業依存の度合いを低めていったといえる。
一方、1960年以降、1日当り農業所得(全国平均)は、製造業のなかでももっとも低いとみられる5~29人規模の常用労働者の1日当り賃金を、わずか数年の例外を除いてすべて下回っている。しかもこの格差は、その後さらに拡大する傾向にあり、1984年には、前者は後者の56%という水準にまで落ち込み、1997年にはさらに42%まで落ち込んでいる。農業で生計をたてることの困難性は明白であり、いまやその困難性は一つの極に達しようとしている。
[小池恒男]
『菊地泰次著『農家の経営診断入門』(1964・家の光協会)』▽『頼平著『農家経済経営論』(1971・明文書房)』▽『磯辺俊彦編『危機における家族農業経営』(1993・日本経済評論社)』