血縁関係が近い者どうしの婚姻。一定の血のつながりのある男女間の結婚は,原始社会以来,各民族,時代において一般に禁じられてきた。日本の民法は,(1)自然血族では直系および3親等内の傍系間,(2)法定血族では直系間,(3)姻族では直系間の結婚を禁じている(民法734~736条)。そこで,法が認める最も近い自然血縁者間の結婚はいとこどうしの結婚であるが,実子養子間および養子相互間の結婚は禁じていないので,かつての婿養子制度と同様の効果がもてる。しかし,直系姻族間の結婚は離婚,離縁,死亡による姻族関係解消後も禁じているので,例えば,夫は妻と離死別後も妻の母や妻と先夫間の娘などとは結婚できない。離縁後の養子の妻は夫と離死別後でも,かつての養父,養祖父などとは結婚できないことになる。禁止違反の結婚は重婚の場合と違って刑事上処罰されず,民事上は婚姻届が受理されると無効ではなく,両当事者,親族,検察官により取り消しうる婚姻となるにすぎない(742~744条)。取消しには遡及効がなく,すでに生じた婚姻の効果は有効である。
近親婚禁止の根拠としては通常,優生学的および社会倫理的理由があげられ,自然血族間の禁止は前者,法定血族や姻族間の禁止は後者に基づくとされるが,この説明は必ずしも正確とはいえない。科学的客観性をもつはずの優生学的理由すらも,医学的根拠による近親婚回避の限界は漠然たるもので,各国立法例の不一致(後述)はそれが決定的理由でないことを示し,自然血族間の禁止にも伝統的な結婚禁忌感情=倫理観が作用していることは否定できない。人類学的・社会学的見地から,親子秩序と性愛秩序の混同は家族秩序の安定を破壊するとか,家族集団外との通婚強要は家族という協同組織を拡大し,社会発展の過程を創造するといったいくつかの社会的要因をその根拠にあげる諸学説がみられるが,定説をみるに至っていないのが現状である。日本では,氏族時代に禁婚範囲は狭く異母兄妹姉弟間の結婚も認め,直系姻族間の禁止は律令時代に入ってからで,江戸時代は武家家族の儒教倫理=親族内の身分階層の厳格性の確立から範囲は拡大し,先妻の子と後妻の連れ子間の結婚も禁じた。明治前期では外国法の影響からか,逆縁婚(夫の兄弟との再婚)が禁止や特別許可となり,順縁婚(妻の姉妹との再婚)も特別許可を要するなど,その扱いは一定しなかったが,明治民法は日本の慣習に従いこれらになんらの制限も付さなかった。現行民法は明治民法の近親婚扱いをそのまま継承している。
人間社会と動物社会を画する境界線といわれる近親婚の禁止は,驚くべき普遍性と多様性をもつと指摘されるが,法制上は自然血族の直系と兄妹姉弟間のみが各国共通で,他の親族間の禁止は一律でない。日本の禁婚範囲は各国比でほぼ中間に位する。例えば,自然血族のいとこどうしを禁ずる国(中国,スペインなど)もあれば,おじ・めい,おば・おい間を禁じない国(ドイツ,イギリスなど)もある。直系姻族間も許す国(旧ソ連,ブルガリアなど)と傍系姻族間すら禁ずる国(イタリア,ギリシアなど)がある。養親子関係を婚姻障害としない国(デンマーク)もあれば,同一者の養子どうしの結婚も禁ずる国(フランス)がある。一般に禁婚範囲はせばまる傾向にあり,ついに異父母兄妹姉弟間の結婚すら国の特別許可があれば認める立法例が生じた(スウェーデン,1973)。法制上禁婚範囲の緩和がどこまで進むかは,人類史以来とされる結婚禁忌感情と近代法思想による婚姻自由,配偶者選択自由の原則との相克いかんにかかわるのではなかろうか。
→近親相姦
執筆者:加藤 美穂子
血縁の近い男女間の結婚(近親結婚)では,それによって生まれる子供に,共通の祖先由来の遺伝子がホモ接合となって(同一の遺伝子が2個そろうことをホモ接合といい,ホモ接合になりやすさを近交係数と呼ぶ),病的形質が発現しうることが医学的には最も問題になる。すなわち近親結婚では常染色体性劣性遺伝病患者の増加がみられ,例えば,ある試算によるとフェニルケトン尿症はいとこ婚では他人結婚の約9倍,黒内障性認知症は約36倍の頻度になる。また実際に生まれた常染色体性劣性遺伝病患者の30~80%は近親結婚によって生まれた子供である。しかし,もともと常染色体性劣性遺伝病は数万人から数十万人に1人というまれな病気であるから,例えばフェニルケトン尿症児がいとこ婚で生まれる可能性は,他人結婚の約9倍とはいっても1/2000程度にすぎない。
また近親結婚によって身長,体重などの量的形質の低下した子が生まれることがあり,近交劣性と呼ばれている。羊,豚などの動物では産子数や体重が劣ることが明らかに認められているが,人間ではごくわずかに体重,身長,IQなどが劣ることが報告されているだけである。
このように医学的見地から集団として近親結婚をみた場合問題は多いのであるが,個々の近親結婚を是が非でもやめるべきだとするほど危険性が高いわけではない。
日本では,いとこ婚が法的に許された最も血縁関係の近い結婚であるが,例えば両親いずれもが兄弟姉妹である二重いとこ婚のように,法的には許されてはいても,いとこ婚より近交係数の高い近親結婚が存在する。このように二重,三重の近親結婚になる場合や,家系内に先天異常患者のいる場合の近親結婚では,専門の医師(遺伝相談医など)に相談することが望ましい。
→遺伝相談
執筆者:佐藤 孝道
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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…また,直系血族間と3親等内の傍系血族間の婚姻は禁止されている(734条)。近親結婚の禁止である。この禁止は法定血族にも適用されるが,養子と養親の子等との婚姻は例外として認められている(同条但書)。…
※「近親結婚」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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