相続人が法律上取得することを保障されている相続財産の一定額のことをいい,被相続人が行う贈与・遺贈によっても侵害されえないものである。遺留分制度は,沿革的には大陸法に由来するもので,被相続人の財産処分の自由と法定相続人の権利ないし利益との調整・妥協の産物である。この制度は,多くの近代法によって採用されており,相続法体系のなかで遺留分が占める位置によって,いわゆるローマ-ドイツ法型とゲルマン-フランス法型とに大別することができる。前者では,相続人の取得した遺産が遺留分に達しない場合には,遺留分権利者(遺留分の保障を受ける者)は不足額の返還を請求しうる債権を取得するものとされる(価額弁償主義)。それに対し後者では,被相続人が自由に処分できる部分を超えて遺産を処分した場合には,遺留分権利者はその取戻しを請求することができ,取り戻された物は相続財産の一部となるとされている(現物返還主義)。日本の遺留分制度は,基本的には現物返還主義に立ちつつ,価額弁償をなしうる余地も認めている点に特徴がある。
遺留分権利者は,兄弟姉妹以外の相続人,すなわち直系卑属・直系尊属および配偶者である(民法1028条)。胎児や代襲相続人も含まれるが,欠格・廃除・放棄によって相続権を失った者は当然に除外されている。
遺留分権利者に保障される遺産の割合(遺留分率)は,1980年に改正され,現行民法では,直系尊属のみが相続人である場合には1/3,その他の場合(子または子に代わる直系卑属のみ,前記の者と配偶者,直系尊属と配偶者,兄弟姉妹と配偶者,配偶者のみの各場合)には1/2である(1028条)。たとえば,配偶者と兄弟姉妹が相続人である場合,兄弟姉妹には遺留分は認められていないから,配偶者に全財産が遺贈されたとしても,遺留分の侵害の問題は生じないことになる。ちなみに,この1/3または1/2を,さらに法定相続分の割合に従って分けたものが,各共同相続人の遺留分率となる(1044条による900条1項の準用)。そこで,たとえば,被相続人死亡のときの資産が1000万円で,妻Aと2人の子B,Cが相続人である場合には,Aの相続分は1/2であるから遺留分は1/4(1/2×1/2)の250万円,B,Cの相続分は各1/4(1/2×1/2)であるから遺留分は各1/8(1/2×1/4)の125万円ずつとなる。
この遺留分が具体的にいくらになるか(具体的な遺留分額)を計算するためには,その算定の基礎となる被相続人の財産がいくらあるのかを,まずはっきりさせておかねばならない。民法は,その点について,被相続人が相続開始のときにおいて有した財産の価額に,その贈与した財産の価額を加え,その中から債務の全額を控除して,これを算定すると規定している(1029条1項)。だから,数式化すれば,遺留分算定の基礎となる相続財産額は,〈相続開始のときにおいて有していた相続財産(積極財産)の額〉+〈一定の生前贈与の額〉-〈相続債務の額〉となる。遺贈は,相続開始のときに遺言者(被相続人)の有した財産の中にはいるから,加算も控除もされない。死因贈与(贈与)も遺贈と同一に取り扱われる(554条)。つぎに,一定の生前贈与とは,相続開始前1年間に遺言者(被相続人)が行ったすべての贈与と1年前になされた贈与のうち,当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って行った贈与である(1030条)。当然に算入される贈与を相続開始前1年間のそれとしたのは,主として被相続人が死亡の直前に急に贈与をして,遺留分権利者の利益を害することを防ぐためである。また,〈損害を加えることを知って〉とは,単に損害を加えるという認識,換言すれば,客観的に遺留分権利者に損害を与えるような事実関係を知っていれば足り,遺留分権利者を害する目的あるいは意思を必要としないと解されている。さらに,共同相続人の一部の者が結婚資金や学資として,または生計の資本として受けていた贈与は,相続開始から1年以前のものであっても,この一定の生前贈与に含まれるものと解されている(1044条による903条の準用)。だから上の例で,妻Aと子B,Cが相続人である場合に,相続開始時の資産が800万円,Bが結婚のため,Cが学資として受けていた贈与がそれぞれ100万円ずつあったとすると,遺留分算定の基礎財産は1000万円(800万+200万)となり,先に算出したA,B,C各自の遺留分率に従って遺留分を計算すると,Aは250万円(1000万×1/4),B,Cは各125万円(1000万×1/8)となる。なお,このような一定の生前贈与が相続分とは無関係であるという被相続人の特別の意思表示(持戻免除の意思表示。903条3項)があった場合にも基礎財産に算入されるかについては,積極説,消極説が対立しているが,多数説は積極的に解している。さらに上記の相続債務すなわち控除されるべき債務の中には,私法上の債務のみならず,公法上の債務(租税債務,罰金等)をも含むものと解されている。
被相続人が遺留分を侵害するような贈与・遺贈をしても,その贈与・遺贈が当然に無効になるわけではない。遺留分を侵害された者がそのままにしていれば問題は生じない。しかし,遺留分権利者が自己の遺留分を確保し保全しようとする場合には,遺留分を保全するのに必要な限度で,その贈与・遺贈の消滅,すなわち,その減殺を受遺者ないし受贈者に対して請求することができる。これが遺留分の減殺請求である(1031条)。遺留分が侵害されているかどうかは,遺留分額と遺留分権利者が相続によって現実に取得した財産の額とを比較して判定する。すなわち,遺留分侵害額は,〈遺留分額〉-〈相続によって得た財産額-相続債務分担額〉-〈受贈額+受遺額〉である。前出の例で,友人Dに600万円を与える旨の遺言があったとすると,A,B,Cが実際に取得する相続財産は400万円(800万+200万-600万)に各人の法定相続分率を乗じた額,すなわちAは200万円,B,Cはそれぞれ100万円(しかしB,Cはおのおの100万円の生前贈与を受けているから結果的には取分なし)となる。遺留分は先に計算したように,Aが250万円,B,Cが各125万円である。したがって,Aは50万円,B,Cは生前贈与としてすでにおのおの100万円を受けているから25万円の限度において遺留分を侵害されていることになり,その限度で受遺者Dに対して減殺を請求することができる。減殺の順序は,遺贈と贈与がある場合にはまず遺贈を,ついで贈与を減殺することになっている(1033条)。贈与が数回あるならば,後の贈与から順次減殺していく(1035条)。なお,減殺請求権は1年の消滅時効にかかり,また相続開始後10年を経過すれば消滅する(1042条)。
遺留分権利者は,相続開始前に,将来自己に帰属すべき遺留分の全部または一部を放棄することができる。相続開始後に遺留分を放棄することは,遺留分権利者の自由であり,したがってそのために家庭裁判所の許可は必要ではない。しかし,事前放棄は,被相続人による放棄の強要や濫用を生ずるおそれがあり,無制限にこれを許すと,実質上,旧法下の長子単独制に逆行することが懸念される。そこで,家庭裁判所の許可を受けたときに限り許されるものとされている(1043条1項)。ちなみに,共同相続人の一人が遺留分を放棄しても,他の遺留分権利者の遺留分がそれだけ増加することにはならない(1043条2項)。放棄の範囲で,被相続人が自由に処分しうる部分が,それだけ増大するだけである。
→相続
執筆者:太田 武男
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
相続財産(遺産)のうち、一定の相続人に法律上、かならず残しておかなければならないとされている一定の割合額をいい、被相続人は贈与や遺贈によってこれを奪うことができない(民法1042条~1049条)。人は生前に自由に財産を処分できると同じように、遺言で財産を処分すること(遺贈)も自由にできるはずだが、他方、死者(被相続人)の近親者に遺産を残そうとする相続制度の趣旨からすれば、妻や子など相続人にまったく財産が残らないような処分を許すことは望ましくない。そこで、死者の自由な処分も侵しえない相続財産の一定割合額を、特定の相続人のために定めたのである。
[高橋康之・野澤正充 2019年7月19日]
遺留分をもっている者を遺留分権利者といい、兄弟姉妹を除く相続人、すなわち直系卑属、直系尊属、配偶者がこれにあたる(民法1042条)。兄弟姉妹は遺留分をもたないから、被相続人に子、孫、親、配偶者もなく、兄弟姉妹が相続人になる場合には、被相続人が全財産を他人にやると遺言することもできることになる。
遺留分の額は、まず相続人がだれであるかによって、相続財産に対する遺留分全体の割合が決められる。各相続人の間では、法定相続分に比例してそれぞれの遺留分が割り当てられる。直系尊属だけが相続人であるときは、遺留分は被相続人の財産の3分の1、その他の場合は被相続人の財産の2分の1が遺留分となる(同法1042条)。
[高橋康之・野澤正充 2019年7月19日]
算定の基礎となる被相続人の財産とは、被相続人が死んだときにもっていた財産の額に、次にあげる贈与の価額を加え、そこから債務の全額を控除した額である(民法1043条)。加算される贈与とは、(1)死ぬ前1年間にされた贈与、(2)1年以上前にされた贈与でも、両方の当事者が遺留分権利者に損害を加えることを知っていながらした贈与(同法1044条)、(3)生前に被相続人から相続人に対して、婚姻、養子縁組のため、または生計の資本のためにされた贈与(同法903条・904条)、である。なお、控除される債務には、相続税や葬式費用も含まれる。
[高橋康之・野澤正充 2019年7月19日]
被相続人が贈与や遺贈をしたために、相続人が相続する財産の額(生前に贈与を受けた額も含む)が遺留分の額を下回ることになる場合には、その不足の部分(遺留分侵害額に相当する金銭)を、贈与や遺贈を受けた者に対し、支払請求することができる。これを遺留分侵害額請求権という(民法1046条)。
2018年(平成30)の相続法改正前は、遺留分減殺請求権が規定され(同法旧1031条以下)、その権利の行使によって当然に物権的効果が生ずるとされていた。たとえば、事業を営んでいた被相続人が、その事業を手伝っていた長男に会社の土地と建物を遺贈し、これに不満を持った長女が遺留分減殺請求権を行使すると、会社の土地と建物は当然に長男と長女の共有となり、事業に支障が生じるのみならず、被相続人の意思にも反することとなる。そこで、上記の改正では、遺留分減殺請求権の行使によって遺留分侵害額に相当する金銭債権が生ずることにし(同法1046条1項)、相続不動産が共有状態となることを回避した。そして、遺留分権利者から金銭請求を受けた受遺者または受贈者が、金銭をただちに準備できない場合には、受遺者等は、裁判所に対し、金銭債務の全部または一部の支払いにつき期限の許与を求めることができることにした(同法1047条5項)。
なお、このような改正に伴い、「遺留分減殺請求権」は、「遺留分侵害額請求権」へと、その名称が変更した。この権利は、遺留分権利者が、相続の開始および遺留分を侵害する贈与または遺贈があったことを知った時から1年間、相続開始の時から10年間を経過すれば、時効によって消滅する(同法1048条)。
[野澤正充 2019年7月19日]
(吉岡寛 弁護士 / 2007年)
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…配偶者,直系卑属または直系尊属が相続人として存在する場合には,遺産の一定部分は,第三者のためにも相続人の一部のためにも,遺言によって処分することができない。この割合を遺留分といい,そのようにして相続権を保障される相続人を遺留分権者という。法定相続と遺言相続のいずれを原則と考えるかについては,後者を原則とし,前者は遺言がない場合に被相続人の意思を推定して定められた補充的制度だという考え方(遺言相続主義)と,前者を原則とし,後者を一定の範囲において法律上の相続分を再調整することを認めるために定められた調整的制度だという考え方(法定相続主義)が対立する。…
※「遺留分」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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