釣狐(読み)ツリギツネ

デジタル大辞泉 「釣狐」の意味・読み・例文・類語

つりぎつね【釣狐】[作品名]

狂言猟師伯父に化けた狐が、殺生をやめてわなを捨てるよう猟師を説得するが、帰りにえさ誘惑に負けて本性を現す。吼噦こんかい今悔こんかい
歌舞伎舞踊長唄河竹黙阿弥作詞、3世杵屋きねや正次郎作曲。明治15年(1882)東京春木座で9世市川団十郎初演に取材したもの。新歌舞伎十八番の一。

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精選版 日本国語大辞典 「釣狐」の意味・読み・例文・類語

つり‐ぎつね【釣狐】

  1. [ 1 ] 〘 名詞 〙 わななどを用いて狐を捕えること。
    1. [初出の実例]「大伴のうらの塩有昆布山椒 つり狐にはとぼすいさり火」(出典:俳諧・西鶴大句数(1677)四)
  2. [ 2 ]
    1. [ 一 ] 狂言。各流。古狐が猟師のおじの白蔵主という僧に化けて、猟師に狐の執心の恐ろしさを説き殺生を止めさせる。帰途、猟師が捨てたわなについている油揚げに気をひかれ、わなにかかるが必死にはずして逃げる。大蔵流では極重習(ごくおもならい)、和泉流では大習いとして重んじている大曲。鷺流および「狂言記」で「こんか(くゎ)い」。
    2. [ 二 ] 歌舞伎所作事。狂言「釣狐」に取材したもの。
      1. 長唄。本名題「釣狐春乱菊(つりぎつねはるのらんぎく)」。作詞者不明。作曲者杵屋六三郎。明和七年(一七七〇)江戸中村座初演。
      2. 常磐津。二世桜田治助作詞。岸沢仲助(のちの五世式佐)作曲。本名題「寄罠娼釣髭(てくだのわなきやつをつりひげ)」。文政八年(一八二五)江戸市村座初演。曾我狂言一部分として作られたもの。朝比奈がわなを持ち、虎と少将が狐の姿で現われて踊りとなる。朝比奈の釣狐。
      3. 常磐津。中村重助作詞。四世岸沢式佐作曲。本名題「若木花容彩四季(わかきのはなすがたのさいしき)」。天保九年(一八三八)江戸市村座初演。工藤がわなを持ってせり上がり、釣狐の所作があり、曾我の対面となる。釣狐の対面。

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改訂新版 世界大百科事典 「釣狐」の意味・わかりやすい解説

釣狐 (つりぎつね)

狂言の曲名雑狂言。大蔵,和泉両流にある。一族の狐がつぎつぎと猟師に捕らえられ,今やわが身もねらわれている老狐が,猟師の伯父である白蔵主(はくぞうす)という僧に化けて,猟師の家を訪れる。白蔵主は妖狐玉藻前(たまものまえ)の伝説を物語り,狐の執心の恐ろしさを強調し,猟師に罠(わな)を捨てさせることに成功する。喜んだ白蔵主は小歌まじりに帰る道中,先刻猟師に捨てさせた罠を発見する。罠には大好物の若ねずみの油揚げが餌についている。飛びついて食いたい衝動を抑え,化身の扮装を脱いで身軽になってから食おうとその場を立ち去る。一方,伯父の白蔵主のようすに不審を覚えた猟師は,罠が荒らされているのを見て狐の仕業とわかり,罠をかけ直して待機する。やがて正体を現した老狐がやって来て,餌をつつきまわすうち罠にかかるが,必死にはずして逃げて行く。

 登場するのは猟師と老狐の2人で,老狐がシテ。2場から成り,前ジテ白蔵主は狐の縫いぐるみの上に僧衣をまとっている。それを脱いだ後ジテの狐の姿は,狂言らしい俳味の中に一抹の悲しさを漂わせるが,むしろ前ジテの化身のほうに,獣性にひそむ恐怖と悲哀を感じさせる。忽然(こつぜん)と登場してから中入(なかいり)するまで緊張感の連続で,上半身をかがめ極度に腰をいれ,終始,獣足(けものあし)という特殊な足の運びで演技をする。発声も甲高くとり,しかも悽愴(せいそう)である。技術的・精神的に極度の集中力を要求され,大蔵流では極重習(ごくおもならい),和泉流では大習(おおならい)として重んじている。能における《道成寺》に似て,狂言師の修業の総仕上げとしての意味をもつ。
執筆者:

歌舞伎舞踊の一系統。狂言の《釣狐》に取材したものをいう。《釣狐》は歌舞伎に古くから入り,すでに寛文期(1661-73)の記録に見える。これを《曾我の対面》へもちこみ工藤と曾我兄弟で釣狐の所作を演じるのが《釣狐の対面》で,1770年(明和7)1月江戸中村座で初世中村仲蔵が初演したが伝存しない。今日残るのは1838年(天保9)江戸市村座上演の常磐津《若木花容彩四季(わかぎのはなすがたのさいしき)》。さらに朝比奈と虎,少将でやるのが同じく常磐津の《朝比奈の釣狐》(1825年江戸中村座初演)で,本名題《寄罠娼釣髭(てくだのわなきやつをつりひげ)》。ほかに同系譜と思われる清元《釣狐罠環菊》(1848),長唄《釣狐春乱菊》(1869)がある。1882年3月東京春木座中幕に,9世市川団十郎が新歌舞伎十八番の一として《釣狐》を新作。作詞河竹黙阿弥。作曲3世杵屋正次郎。振付初世花柳寿輔。鷺,大蔵両流を折衷して狂言をうつした苦心の振付だったが不評で,今日に残っていない。92年10月東京歌舞伎座初演《釣狐廓掛罠(つりぎつねさとのかけわな)》は常磐津で,右田寅彦,3世河竹新七作詞。釣狐を吉原の趣向にして幇間(ほうかん)に若旦那,仲居がからんで三つ面の所作となるもの。昭和に入って2世市川猿之助(のちの初世猿翁)が《白蔵主》の題名で踊る。

 曲だけのものに,半太夫節を改曲した,河東節の《信田妻釣狐之段》が現存,一中節と掛合である。
執筆者:

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「釣狐」の意味・わかりやすい解説

釣狐
つりぎつね

狂言の曲名。雑狂言。仲間を釣り絶やされた古狐が、猟師に殺生を断念させようと、猟師の伯父の伯蔵主(はくぞうす)(前シテ、伯蔵主の面を使用)に化けて現れ説教をする。まんまと猟師をだまし、これからは狐を釣らぬと約束させた帰り道、古狐は猟師が捨てた罠(わな)をみつけるが、その餌(えさ)の誘惑に耐えかね、身にまとった化け衣装を脱ぎ捨てて身軽になって出直そうと幕に入る。それと気づいた猟師が罠を仕掛けて待つところに、本体を現した古狐(後シテ、縫いぐるみに狐の面を使用)が登場、餌に手を出し罠にかかるが、最後にはそれを外して逃げてしまう。

 人(役者)が狐に扮(ふん)し、その狐がさらに人(伯蔵主)に化けるという、二重の「化け」を演技するため、役者は極度の肉体的緊張を強いられ、しかもその「化け」がいつ見破られるかという精神的緊張が舞台にみなぎる。演技の原点である「変身」を支える肉体と精神がそのまま主題となった本曲は、それゆえに、「猿(『靭猿(うつぼざる)』の子猿)に始まり狐に終わる」といわれる狂言師修業必須(ひっす)の教程曲であり、ひとまずの卒業論文である。なお、江戸時代から再々歌舞伎(かぶき)舞踊化され、釣狐物というジャンルを生んだ。

[油谷光雄]

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百科事典マイペディア 「釣狐」の意味・わかりやすい解説

釣狐【つりぎつね】

狂言の曲目。古狐が猟師の伯父に化けて,狐を釣らぬよう意見にいく。説得は成功するが,捨てられたわなを帰途に見つけて誘惑に負け,狐の正体を現す。《花子》につぐ秘曲で,演者は不自然な姿勢の苦痛をしいられ,狂言師の資格認定の曲とされている。これに取材した歌舞伎舞踊も多い。もっとも有名なのは,河竹黙阿弥作詞,3世杵屋正次郎作曲の長唄によるもので,新歌舞伎十八番の一つ。1882年初演。
→関連項目後面

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「釣狐」の意味・わかりやすい解説

釣狐
つりぎつね

狂言の曲名。狐釣りの名人の猟師 (アド) に一族を釣り絶やされて,わが身の危うくなった古狐 (シテ) が,猟師の伯父の白蔵主に化けて行き,玉藻の前の故事を引いて,狐のたたりを説き猟師に狐釣りを思いとどまらせる。しかし罠に仕掛けられた餌のねずみの油揚げを忘れられず,正体を現してついに罠にかかるが,苦闘の末にかろうじて逃れ去る。肉体的苦痛を伴う大曲で,和泉流では大習,大蔵流では極重習 (ごくおもならい) とする。すなわち『釣狐』を初演することにより一人前の狂言師と認められることになっている (→習物 ) 。歌舞伎にも取入れられ,その一連を釣狐物という。

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歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典 「釣狐」の解説

釣狐
(通称)
つりぎつね

歌舞伎・浄瑠璃の外題。
元の外題
寄罠娼釣髭 など
初演
文政8.1(江戸・市村座)

釣狐
つりぎつね

歌舞伎・浄瑠璃の外題。
初演
貞享4.7(江戸・長州毛利侯邸)

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