狂言の曲名。雑狂言。大蔵,和泉両流にある。一族の狐がつぎつぎと猟師に捕らえられ,今やわが身もねらわれている老狐が,猟師の伯父である白蔵主(はくぞうす)という僧に化けて,猟師の家を訪れる。白蔵主は妖狐玉藻前(たまものまえ)の伝説を物語り,狐の執心の恐ろしさを強調し,猟師に罠(わな)を捨てさせることに成功する。喜んだ白蔵主は小歌まじりに帰る道中,先刻猟師に捨てさせた罠を発見する。罠には大好物の若ねずみの油揚げが餌についている。飛びついて食いたい衝動を抑え,化身の扮装を脱いで身軽になってから食おうとその場を立ち去る。一方,伯父の白蔵主のようすに不審を覚えた猟師は,罠が荒らされているのを見て狐の仕業とわかり,罠をかけ直して待機する。やがて正体を現した老狐がやって来て,餌をつつきまわすうち罠にかかるが,必死にはずして逃げて行く。
登場するのは猟師と老狐の2人で,老狐がシテ。2場から成り,前ジテ白蔵主は狐の縫いぐるみの上に僧衣をまとっている。それを脱いだ後ジテの狐の姿は,狂言らしい俳味の中に一抹の悲しさを漂わせるが,むしろ前ジテの化身のほうに,獣性にひそむ恐怖と悲哀を感じさせる。忽然(こつぜん)と登場してから中入(なかいり)するまで緊張感の連続で,上半身をかがめ極度に腰をいれ,終始,獣足(けものあし)という特殊な足の運びで演技をする。発声も甲高くとり,しかも悽愴(せいそう)である。技術的・精神的に極度の集中力を要求され,大蔵流では極重習(ごくおもならい),和泉流では大習(おおならい)として重んじている。能における《道成寺》に似て,狂言師の修業の総仕上げとしての意味をもつ。
執筆者:羽田 昶
歌舞伎舞踊の一系統。狂言の《釣狐》に取材したものをいう。《釣狐》は歌舞伎に古くから入り,すでに寛文期(1661-73)の記録に見える。これを《曾我の対面》へもちこみ工藤と曾我兄弟で釣狐の所作を演じるのが《釣狐の対面》で,1770年(明和7)1月江戸中村座で初世中村仲蔵が初演したが伝存しない。今日残るのは1838年(天保9)江戸市村座上演の常磐津《若木花容彩四季(わかぎのはなすがたのさいしき)》。さらに朝比奈と虎,少将でやるのが同じく常磐津の《朝比奈の釣狐》(1825年江戸中村座初演)で,本名題《寄罠娼釣髭(てくだのわなきやつをつりひげ)》。ほかに同系譜と思われる清元《釣狐罠環菊》(1848),長唄《釣狐春乱菊》(1869)がある。1882年3月東京春木座中幕に,9世市川団十郎が新歌舞伎十八番の一として《釣狐》を新作。作詞河竹黙阿弥。作曲3世杵屋正次郎。振付初世花柳寿輔。鷺,大蔵両流を折衷して狂言をうつした苦心の振付だったが不評で,今日に残っていない。92年10月東京歌舞伎座初演《釣狐廓掛罠(つりぎつねさとのかけわな)》は常磐津で,右田寅彦,3世河竹新七作詞。釣狐を吉原の趣向にして幇間(ほうかん)に若旦那,仲居がからんで三つ面の所作となるもの。昭和に入って2世市川猿之助(のちの初世猿翁)が《白蔵主》の題名で踊る。
曲だけのものに,半太夫節を改曲した,河東節の《信田妻釣狐之段》が現存,一中節と掛合である。
執筆者:西形 節子
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狂言の曲名。雑狂言。仲間を釣り絶やされた古狐が、猟師に殺生を断念させようと、猟師の伯父の伯蔵主(はくぞうす)(前シテ、伯蔵主の面を使用)に化けて現れ説教をする。まんまと猟師をだまし、これからは狐を釣らぬと約束させた帰り道、古狐は猟師が捨てた罠(わな)をみつけるが、その餌(えさ)の誘惑に耐えかね、身にまとった化け衣装を脱ぎ捨てて身軽になって出直そうと幕に入る。それと気づいた猟師が罠を仕掛けて待つところに、本体を現した古狐(後シテ、縫いぐるみに狐の面を使用)が登場、餌に手を出し罠にかかるが、最後にはそれを外して逃げてしまう。
人(役者)が狐に扮(ふん)し、その狐がさらに人(伯蔵主)に化けるという、二重の「化け」を演技するため、役者は極度の肉体的緊張を強いられ、しかもその「化け」がいつ見破られるかという精神的緊張が舞台にみなぎる。演技の原点である「変身」を支える肉体と精神がそのまま主題となった本曲は、それゆえに、「猿(『靭猿(うつぼざる)』の子猿)に始まり狐に終わる」といわれる狂言師修業必須(ひっす)の教程曲であり、ひとまずの卒業論文である。なお、江戸時代から再々歌舞伎(かぶき)舞踊化され、釣狐物というジャンルを生んだ。
[油谷光雄]
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