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銅像 ドウゾウ

デジタル大辞泉の解説

どう‐ぞう〔‐ザウ〕【銅像】

青銅で鋳造した。特に、野外に置かれる記念碑的な像をさすことが多い。

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世界大百科事典 第2版の解説

どうぞう【銅像】

青銅(ブロンズ)で鋳造した像であるが,とくに記念碑的な彫像を日本では一般に像と呼んでいる。青銅の鋳造技術は古くから発達し,日本でも仏像彫刻などにすぐれた作品があるが,銅像という名称が使われたのは明治以後である。日本に洋風彫刻術をもたらしたのは,1876年工部美術学校開設のとき教師として来日したイタリア人ラグーザであるが,その門下生であった大熊氏広(1856‐1934)が,現在も靖国神社にある《大村益次郎像》制作の依頼をうけた。

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大辞林 第三版の解説

どうぞう【銅像】

銅で鋳造した像。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

銅像
どうぞう

広義には青銅(銅と錫(すず)の合金)で鋳造したいわゆるブロンズ像のことであるが、とくに屋外に設置される記念碑的な顕彰の像をいう。エジプトでは紀元前3000年ごろから木刻像にかわって、古代ギリシアでも前5世紀ごろから大理石像以上に、多くの青銅像がつくられた。しかし、後代にそのほとんどが鋳つぶされて、偶然発見された『ポセイドン』『デルフォイの御者』(ともに前5世紀)以外には現存するものは少ない。ローマ時代には現世的な肖像彫刻が盛んになり、『マルクス・アウレリウス帝騎馬像』のような本格的記念銅像がつくられた。偶像を排した中世を経て、ルネサンス期に銅像も復活し、『アウレリウス帝騎馬像』に倣った『ガッタメラータ将軍騎馬像』(15世紀、ドナテッロ)などがつくられ、以後広まった。
 金銅仏の多くつくられたわが国でも、個人の顕彰銅像は発達せず、ラグーザに師事した大熊氏広の『大村益次郎(ますじろう)像』(1893完成、靖国(やすくに)神社)が嚆矢(こうし)とされる。以後、木彫原型の『西郷隆盛(たかもり)像』(高村光雲(こううん)作、上野公園)など、明治、大正期を通じて偉人、軍神の銅像が多く建立されたが、第二次世界大戦中にほとんどが供出され、その後復活すること少なく、現在は環境的彫刻にとってかわられつつある。[三田村右]

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