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銅座(読み)どうざ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

銅座
どうざ

江戸時代,諸国産出精錬,売買を統制した機関。銅は輸出品,貿易決済手段として重要視されたので,大坂商人などが組織した銅座は勘定奉行大坂町奉行長崎奉行の支配,統制下にあった。前後3回の改廃があり,明和3 (1766) 年の銅座は明治維新 (1868) まで続いた。

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デジタル大辞泉の解説

どう‐ざ【銅座】

江戸時代、諸国産出の銅の精錬・専売をつかさどった役所。元文3年(1738)大坂に設置、のち江戸・長崎に出張所を置いた。慶応4年(1868)に銅会所、さらに鉱山局と改称。→金座銀座

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百科事典マイペディアの解説

銅座【どうざ】

(1)鎌倉末期以降,壬生家に属していた駕輿丁(かよちょう)座の中にあった銅類販売商の仲間。(2)江戸時代幕府の銅専売機関。銅の産出が衰退化するなか,1701年輸出銅確保のために,銀座加役として大坂に設置,産銅を独占。2度の中断後,1766年再興され明治維新まで続いた。銅輸出は長崎貿易維持のための手段であったから,銅座の銅買い上げ値段の方が高く,長崎輸出銅値段はその約半分という逆ざや売買であった。

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世界大百科事典 第2版の解説

どうざ【銅座】

鎌倉時代末以降駕輿丁座(かよちようざ)の中にあった銅類販売商人の仲間を銅座と呼んだが,一般には江戸時代の幕府の銅専売機関をいう。 1697年(元禄10)幕府は長崎輸出銅の定高(さだめだか)を890万2000斤と定めたが,このほかに国内需要に応ずるための地売(じうり)銅約400万斤を必要としたため,年間1300万斤ほどの銅産が確保されなくてはならなかった。これにたいし銅山は衰退の兆しを示しはじめたので,1701年,幕府は輸出銅確保のために,銀座加役として大坂に銅座を設け,産銅の独占をはかった。

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大辞林 第三版の解説

どうざ【銅座】

江戸時代、銅の精錬・専売をつかさどった役所。銅は長崎貿易の重要な輸出品であり、その統制と増産奨励のため、1738年設置。大坂商人で組織し、勘定奉行・長崎奉行・大坂町奉行の支配に属した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

銅座
どうざ

(1)鎌倉末期以降、壬生(みぶ)家に属する四府駕輿丁座(しふかよちょうのざ)のなかに設けられていた銅類販売を行う商人の仲間をいう。(2)江戸時代、幕府が設けた銅精錬・販売の統轄機関。江戸中期になって、諸国産出の銅の精錬・販売を統轄することを目的として、1738年(元文3)4月、銀座加役として大坂に銅座が開設された。この銅座は1750年(寛延3)7月に廃止となり、長崎銅会所が新設されたが、1766年(明和3)6月に再度大坂に銅座を設けて銅の専売体制を強化し、1862年(文久2)には江戸・長崎に出張所を置いた。銅座は勘定奉行(かんじょうぶぎょう)、長崎奉行、大坂町奉行の支配に属し、大坂商人によって組織された。1868年(慶応4)4月銅会所となり、同年7月には鉱山局と改称された。[作道洋太郎]
『永積洋子著『大坂銅座』(『日本産業史大系6』所収・1960・東京大学出版会)』

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