長野県北東部、千曲川(ちくまがわ)の下流にある盆地。標高300~400メートル。南西から北東に流れる千曲川を長軸とする紡錘(ぼうすい)形をなす。盆地周辺の山麓(さんろく)部には千曲川の支流の犀(さい)川、裾花(すそばな)川、松川、鳥居川などのつくる扇状地が多い。気候は、盆地の北半は日本海式気候で雪が多く、南部は内陸性気候である。長野市のほか、千曲、須坂(すざか)、中野の各市があり、人口密度は県下でもっとも高く、1平方キロメートル当り約700人。信州の代表的果樹のリンゴは明治初年この盆地で初めて栽培され、現在も県下の栽培面積の70%を占める。このほか、モモ、巨峰(きょほう)ブドウ、野菜など収益の高い農作物を産する。一方、電気機械工業をはじめ印刷工業など工業化が進み、工業生産額も県下屈指である。長野市を中心に交通網も密で、JR北陸新幹線・信越本線・篠ノ井(しののい)線・飯山(いいやま)線、長野電鉄、しなの鉄道、国道18号、19号、403号、上信越自動車道などが走る。観光地としては、武田・上杉両氏の合戦場である川中島、真田(さなだ)氏10万石の城下町松代(まつしろ)、初秋の名月で知られる姨捨(おばすて)山、戸倉上山田(とぐらかみやまだ)、湯田中渋(ゆだなかしぶ)などの温泉郷があり、善光寺は早くから知られた名刹(めいさつ)で、この寺の名をとって、盆地一帯を善光寺平(だいら)ともよんだ。
[小林寛義]
長野県の北東部,千曲(ちくま)川の中流部にある盆地。北側の飯山盆地,南側の上田盆地の間に位置する。善光寺の門前町から発展した長野市を中心に平たん地が広がるため,善光寺平とも呼ばれる。南北の長さ約50km,最大幅約3km。県内では,松本盆地に次ぐ大きな盆地で,西側に第三紀層の犀川(さいがわ)丘陵,東側に志賀高原などの火山地があり,東西の山地とは断層によって区切られる。とくに西側は急崖が明瞭で山麓線はほぼ一直線をなし,大きな扇状地は犀川扇状地(川中島平)だけである。一方,東側は浸食が進んで,半島状の山脚が盆地床に突出し,扇状地の発達が著しい。盆地の南西端は標高約360m,北東端は約320mで,緩こう配で貫流する千曲川はほぼ中央部で最大の支流犀川と合流するが,この付近から大河の様相を呈するようになり,河川敷の幅は最大1kmにも達する。河岸には自然堤防がよく発達し,その背後にははんらん原が形成されている。気候は典型的な内陸型で,年降水量は1000mm以下,日本の中では最も少ない地域に属している。気温の日較差,年較差は大きく,真夏の最高気温は東京より高くなることもあり,冬季は積雪は多くないが寒さは厳しい。犀川と千曲川の合流点付近では,かつて水害に苦しんだため特有の割地が広く行われていた。近世初期に犀川支流の裾花川の流路変更や,川中島平での用水路の開削によって開田が進み,大正末~昭和初期に堤防が完成してからは水害の危険は緩和され,割地も堤外地で見られるだけとなった。川中島平では犀川からの用水の便がよいため水田率が高く,ここから千曲川に沿ってやや上流の更埴市付近までは,米麦二毛作地帯として知られてきたが,近年は裏作としてタマネギや花卉の栽培が盛んになった。
盆地北半部は畑地が卓越し,明治~昭和初期の養蚕業最盛期には大部分が桑園であったが,衰退してからは乾燥した気候と扇状地の多い地形を利用して果樹栽培が発展した。最近では北東部の中野市を中心にエノキダケの栽培も盛んである。工業は明治期以降製糸業が発達していたが,第2次大戦中この製糸工場の施設に富士通,日本無線などが疎開してから電子工業が発展した。長野・須坂両市にコンピューター,テレビ,ICなどの大工場があり,また下請工場が盆地内の各地に分散している。都市は県庁所在地の長野市のほか,千曲市,須坂市,中野市があり,人口密度がきわめて高い。
執筆者:市川 健夫
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