中国で音韻関係の書物を指し,広義にいえば〈音韻之書〉であって,音韻および音韻学に関するいっさいの書として押韻字典も音節表も音韻学の研究書も韻書となる。狭義にいえば,同韻の文字を一括し,それを韻の順序に従って編纂配列した一種の字書であって,文字の発音を調べたり,詩文作成上の検索の用をなすもののことである(本項ではこの意義に限定して説明する)。〈同韻〉とは,韻母が同一であるばあいだけとは限らない。近似した韻母のばあいもある。たとえば,中古音の冬韻は韻母-uoŋ1をもつもののみで一韻を構成しているが,東韻は-uŋ1,-uŋ1の二つの韻母をもつものから成る(推定音価はカールグレンによる。右肩の数字1は平声たることをあらわす)。漢代以来,経書に対する注釈の一部としておこなわれてきた注音の作業は,反切というすぐれた注音方式がいきわたるにつれ,韻母部分を中心とするものではあるが,やがて音韻体系の把握へと向かい,韻書の発生をみるに至った。魏の李登《声類》が嚆矢(こうし)とされるが,いま伝わらない。陸法言《切韻》(601)は,切韻系韻書の原点である。《切韻》には敦煌出土の3種の残欠本があって,大英図書館に蔵されている。《切韻》は5巻,193韻で1万2185字を収めていたとされる。有坂秀世《隋代の支那方言》(1936)によれば,《切韻》の音韻組織は,河南省地方の言語を基礎とする北方標準語に,若干南方標準語の要素が加味されたものであるという。完全本である王仁煦《刊謬補欠切韻》(706)は5巻,195韻。孫愐《唐韻》(751)は5巻,206韻で,義注がふえ,字書的性格が強まってくる。残欠本が存する。陳彭年らの撰《大宋重脩広韻》(1008)は,ふつう《広韻》と呼ばれる。広切韻,すなわち切韻を増広したものの意味である。全5巻,206韻,2万6194字を収める。《切韻》と全同ではないが,《広韻》は《切韻》に準ずるものとみなされる。中古音とは《切韻》によって示される音韻体系であるといいながら,じっさいには《広韻》をもって中古音を代表させるならわしであって,中国音韻学の中心的存在である。丁度らの撰《集韻》(1039)も,音韻体系上《広韻》と大同小異の,切韻系の韻書である。中国の韻書は,一般に擬古的,規範的であって,現実の音韻体系を共時的に記述したものはないといってよい。伝統的な字音の体系を,時代,地域に応じて多少の変容を加えたものだともいいうる。そのような韻書の代表的なものとして,熊忠《古今韻会挙要》(1297),周徳清《中原音韻》(1324),楽韶鳳らの撰《洪武正韻》(1375),樊騰鳳《五方元音》(17世紀半ばすぎ)などが後につづく。一方で,字書的肥大化を排し,実用簡略化をめざした詩韻の流れがある。丁度らの撰《礼部韻略》(1037)以下,実質上あるいは形式上も,韻の併合をおこない,応試作文の用に供されたもので,王文郁《平水新刊韻略》(1229)を経て,康熙年間の《佩文詩韻》に至る。
執筆者:慶谷 寿信
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漢字をその韻(字音のうち頭子音を除いた部分)によって分類、配列した字書。詩賦をつくるときなどに押韻する必要から編集されたもので、韻目を掲げて、所属字を、多くは同音ごとに反切標示のもとにまとめて列記してある。普通、中国梁(りょう)の沈約(しんやく)の『四声譜』を嚆矢(こうし)とするが、体裁が整うのは陸法言(りくほうげん)ら編の『切韻』(601)からで、韻目数は193である。その後多数の韻書が伝えられ、それら切韻系韻書を集成した『大宋重修広韻(だいそうじゅうしゅうこういん)』(1008)は206韻に分けている。しかし、音韻変化に伴い、分類の韻が実際の発音と異なってきたため、韻目を整理して107韻としたのが『壬子(じんし)新刊礼部韻略』(1252)である。これから1韻を削った106韻のいわゆる「平水韻」(詩韻)は、今日に至るまでの押韻の基準となった。そのほか『蒙古(もうこ)字韻』(1308)、『中原(ちゅうげん)音韻』(1324)などが注目される。
一方、唐末ごろから同じ頭子音の字を縦に、同じ韻の字を横に配列した「韻図」が悉曇(しったん)学や西域(せいいき)字母の研究の影響で作成され、音韻を体系的に図式化した書が著された。『韻鏡』(10世紀ごろ成立)はその代表的なもので、43の図表からなり、頭子音を36に分類し、韻もさらに音色の違いによって4種に細分する。日本にも『切韻』『韻鏡』などが伝来し、盛んに利用された。『東宮(とうぐう)切韻』(菅原是善(すがわらのこれよし)撰)は切韻系韻書を集録したものであるが、『聚分(しゅうぶん)韻略』(虎関師錬(こかんしれん)著)や『平他(ひょうた)字類抄』など日本で撰述された韻書もある。
[沖森卓也]
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…また韻の分類も盛んになり,韻の分類による字書が発生するようになった。これを韻書という。六朝の韻書は隋にはいって集大成され,陸法言の編である《切韻》(601)に結実した。…
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