茶の湯で釜の湯を沸かすための火鉢状の道具をいう。風炉の歴史は古く,8世紀に中国の陸羽が書いた《茶経》に〈風炉〉として記載され,銅や鉄を鋳物にしてつくり,鼎(かなえ)に類似した形状で,中には泥を墁(ぬ)るとしてあり,3足で3ヵ所に風通しのための窓があけてあった。中国では宋代になると,唐代の団茶から抹茶に変様したが,この抹茶を喫するのに用いたとされる。1259年宋に渡った臨済宗の僧,南浦紹明(なんぽじようみよう)(1235-1308)によって,台子(だいす)とそこに飾る風炉,釜,杓立,建水,蓋置,水指の唐銅(からかね)皆具が日本に伝来したというのが,茶の湯の理解である。この唐銅風炉は,武野紹鷗によって土(ど)風炉(素焼の上に黒漆を塗る)が創作されることで和様化した。この形を紹鷗風炉,眉風炉といい,現在では唐銅風炉より上位とされる。この土風炉はやがて奈良風炉と呼ばれる一般的な量産の風炉として広く発達し,さらに利休による利休面取風炉,その子息道安の形である道安風炉が定着した。現在は唐銅製,土製のほか木製,陶磁製の風炉も用いられる。茶の湯では,湯を沸かすのに夏季(5~10月)には風炉が用いられ,風炉中には風炉灰が入れられる。この灰には,〈二文字〉〈遠山〉〈搔上げ〉などの灰型があって,この〈灰をつくる〉ことが茶人の修練の一つになっている。
→炉
執筆者:戸田 勝久
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茶席で釜(かま)をかけ置き、湯を沸かすための夏季用の炉。鉄、唐銅(からかね)、土、木、陶磁製などの材質がある。古態は中国の鼎(かなえ)形であるが、わが国に伝えられてからは、台子皆具(だいすかいぐ)の一つとして切掛風炉(きりかけふろ)(釜の羽が口いっぱいにかかるようにつくられた風炉)が用いられるようになった。続いて茶道の進展とともに釜の形も多様になり、さらに五徳が創案されることによって、武野紹鴎(たけのじょうおう)のころに奈良で土風炉(どふろ)がつくられるようになり、五徳を据えて釜をかけるような口が基本となった。切掛風炉の代表は朝鮮風炉と琉球(りゅうきゅう)風炉で、ともに唐銅か鉄製、前後に窓がつくのを特色とする。土風炉は形によって透木(すきぎ)風炉、紹鴎風炉、尻張(しりばり)風炉、四方(よほう)風炉、道安(どうあん)風炉、紅鉢(べにばち)風炉の種類がある。なお、真を土風炉、行を唐銅風炉、草を鉄風炉・板風炉としている。
[筒井紘一]
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…火鉢や風炉を造る工人としては,奈良の西京火鉢造座が著名である。史料上では1333年(元弘3)の《内蔵寮領等目録》に〈大和国内侍原内小南供御人〉が火鉢土器を作料田の年貢として進上しているのと,京都商人役として,奈良火鉢10個を進上しているのをみる。…
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