当院は淀君が天正元年(一五七三)江北の
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
京都市東山区三十三間堂廻(まわ)り町にある浄土真宗遣迎院(けんごういん)派(もと天台宗)の寺。俗に桃山御殿とよばれる。本尊は阿弥陀如来(あみだにょらい)。1594年(文禄3)豊臣(とよとみ)秀吉の側室淀殿(よどどの)が亡父浅井長政(ながまさ)の追福のため建立。長政の法名をとって養源院とした。開山は長政の弟清伯(成伯、盛伯とも書く)。その後、火災にあったので、徳川秀忠(ひでただ)の妻崇源院(すうげんいん)(淀殿の妹)が伏見(ふしみ)桃山城の書院を移し、これを再興した。本堂は同じく伏見桃山城の殿舎を移転したもので、1600年(慶長5)8月、石田三成(みつなり)に敗れた鳥居元忠(とりいもとただ)などが自刃した殿舎である。その血痕(けっこん)がついた廊板を天井に使用しているので血天井とよばれる。堂内松の間の襖絵(ふすまえ)12面(「松図」など)と獅子(しし)などを描いた杉戸四枚の絵は俵屋宗達の筆と伝えられ、国重要文化財に指定されている。
[清水 乞]
政府首脳が外国を訪問した際の会談内容や合意事項を記した外交文書。法的拘束力は持たないが,その内容は両国を事実上拘束する。類似のものに共同発表 joint statementがあるが,これはより記録的な...
7/28 化学辞典 第2版(森北出版)を更新
6/26 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
4/17 デジタル大辞泉プラスを更新
4/17 デジタル大辞泉を更新
2/17 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新