高家(読み)こうけ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

高家
こうけ

江戸幕府の職名。幕府の儀式典礼を司り,勅使公家の接待,京都への使い,伊勢,日光などへの代参をつとめた。老中の支配に属し,役高 1500石,官位は大名に準じた。足利氏以来の名家が世襲し,宮原,武田,畠山,戸田,有馬,吉良など 26家があった。

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デジタル大辞泉の解説

こう‐け〔カウ‐〕【高家/豪家】

格式の高い家。由緒正しい家柄。また、権勢のある家柄。名門。摂関家や武家の名族をいう。
後ろだてとする権勢。また、その権勢を借りていばること。
「大将殿をぞ―には思ひ聞こゆらむ」〈・葵〉
頼みとするところ。口実。よりどころ。
「ただ老いを―にて答(いら)へ居る」〈宇治拾遺・九〉
江戸幕府の職名。伊勢・日光への代参、勅使の接待、朝廷への使い、幕府の儀式・典礼関係などをつかさどった。足利氏以来の名家の吉良・武田・畠山・織田・六角家などが世襲。禄高は少なかったが、官位は大名に準じて高かった。
[補説]「豪」の漢音も「こう」であることから「豪家」の漢字が当てられ、「ごうけ」と読まれることも多い。

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百科事典マイペディアの解説

高家【こうけ】

江戸幕府の職名。老中支配下にあり,儀式典礼,特に対朝廷関係のことにあたった。高家は元来名家の意で,室町時代以来の名門,吉良(きら)氏・畠山氏・大沢氏・今川氏上杉氏などが世襲的に任ぜられた。役高1500石。京都への使者,勅使等公家衆の接待,伊勢・日光代参などが主な任務で,また公家衆饗応役の大名には礼法を指導した。→吉良義央(きらよしなか)/奏者番(そうしゃばん)
→関連項目赤穂浪士

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世界大百科事典 第2版の解説

こうけ【高家】

名家の意。近世においては名家の末流江戸幕府に仕え,その儀式,典礼(とくに朝廷関係)をつかさどることを世職とした人およびその家。1603年(慶長8)徳川家康の将軍宣下の際,宣旨を入れた覧箱(らんばこ)の受渡しの役を務めた大沢基宿(もといえ)がその起源とされる。59年(万治2)には高家衆として吉良,今川,品川,上杉,大沢,戸田の6人がおり,以後しだいに増加し26家に及んだ。京都への使者,伊勢・日光参詣の名代のほか,江戸に下向する勅使・院使等公家衆の接待にあたり,そのおり饗応役の大名に礼法を指導した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

高家
こうけ

江戸幕府の職名。老中支配に属し、勅使接待、伝奏(てんそう)御用、京都・日光・伊勢(いせ)の各名代など、朝廷・公家(くげ)関係の儀式典礼をつかさどった。畠山(はたけやま)・由良(ゆら)・大友氏など中世以来の名家や日野・中条氏など公家の分家が多く、大名に準じた官位を受けた。慶長(けいちょう)期(1596~1615)に大沢基宿(もといえ)(持明院流)、続いて吉良義弥(きらよしみつ)(足利(あしかが)氏庶流)が伝奏御用を勤めたのが始まりといわれ、以後しだいに増加していった。江戸後期には26家が数えられる。役高1500石、家禄(かろく)は5000石の畠山氏を筆頭に1000石台が多く、品川氏の300石に至る。いずれも世襲で、原則として他の役職につくことは許されなかった。このうち、若年や老年などの理由で非役の家を表高家と称し区別している。高家肝煎(きもいり)は2、3名が選任され、京都名代を勤めたもので、役料800俵が支給された。成立は享保(きょうほう)期(1716~36)ごろと考えられる。[佐々悦久]

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